著書『悦楽のクリティシズム』刊

20190130060808

訳書『暴力と輝き』アルフォンソ・リンギス著

連載エッセイ⑤「国道58号線とオキナワ」

「キネマ旬報」8月下旬号 星取り表 最終回

9/27 Makingトーク 平倉圭×金子遊@たまび

共著『躍動する東南アジア映画』刊

シネマの舞台裏2

金子遊 Yu kaneko(映像作家・批評家)のブログ

ウラジミール・サンギ氏に面会

サハリン在住のニヴフの小説家、ウラジミール・サンギ氏に映像でロング・インタビューをしてきました。
サンギ氏は、長編小説『ケヴォングの嫁取り』と短篇集『サハリン・ニヴフ物語』が、日本語で翻訳出版されています。

今年(2019年)のノーベル文学賞・ロシア代表に選ばれたそうで、10月の発表が楽しみです。もし受賞すれば、北方の少数民族に大いなる勇気を与えることでしょう。
下記に、ノーベル文学賞のロシア代表に推薦するために、筆者(金子遊)が書き下ろしたエッセイの全文を採録しておきます。

f:id:johnfante:20190811204404j:plain

ウラジミール・サンギ氏の近影 (c) Yu Kaneko 
2019年8月上旬、ユジノサハリンスクのホテルにて

 


樺太ホメーロスに耳を澄ませよ
(『ゲヴォングの嫁取り』ウラジーミル・サンギ著、田原佑子訳)

 世界中には数多の文学賞があるが、それらが審査の対象にする作品は、文学全体のほんの一部にすぎない。大抵の場合そこでは、詩歌や小説や評論など「文字の文化」において書かれた文章が選考の対象とされる。「声の文化」によって培われてきた作品がほとんど考慮に入らないという意味では、きわめて不十分である。数十万年前からつづく人類の歴史というスパンで考えれば、「声の文化」をもつ人びとが伝説や神話を物語り、家族や氏族の記憶を伝承し、炉辺で語られる言葉に聴衆が感動をおぼえてきた時代のほうがずっと長い。詩が紙に文字として書きつけられ、近代小説が紙を束にした書籍として流通する前から、世界のあちこちで声の抑揚と韻律を自由に駆使する無数のホメーロスたちが、喉をふるわせて歌や声で伝えてきたものが「文学」ではなくて、いったい何だというのか。

 ウラジーミル・サンギの長編小説『ゲヴォングの嫁取り』は、サハリン島の先住民であるニヴフに伝統的な狩猟生活が残っていた時期、つまりは19世紀末から20世紀初頭を舞台にしている。それはロシア人の小説家チェーホフが、流刑囚の住民調査のために島に滞在した1890年の時期と重なっている。この小説の後半で、婿の氏族である長老のカスカジークは、舅の氏族から次男に嫁をもらうため、テンの毛皮や干し魚からなる結納品をそろえる。しかし舅の氏族の男たちは、次男ウィキラークが一人前の男かどうか試そうと、熊が冬眠する穴の前につれていく。見事に熊を槍で仕留めたあとで、寝床の焚き火のまえでウィキラークは、当然のことのように伝説(ティルグル)を語るように、舅の氏族に要求する。そこで語られる口承文学は、母親とふたり暮らしで貧しかったニヴフの若者が、タイガのなかで狩猟の神と出会い、ふたつの括り罠を教えてもらうという話だ。それを語り手のニヴフが煙管を吹かしながら語る描写に、大昔から変わらずに伝えられてきたであろう「ニヴフ文学」のルーツがうかがえる。

 このように『ケヴォングの嫁取り』に書かれた豊富なフォークロアは、幼い頃から祖母の物語や語り部のティルグルを聴いて育った、ウラジーミル・サンギの鋭敏な耳の力によって集められている。それと同時に、やはりこれは、ロシア語で書かれた近代小説の形式を基礎部分にもつ。三人称による自由間接話法の特長がいかんなく発揮され、サンギは婿の一族と舅の一族の内なる声だけでなく、サハリン島のタイガへ町からの商品を運ぶヤクート人の商人や、ロシア人の流刑囚の生をも彼ら自身の声をとおして描く。それは狩猟民のニヴフ、トナカイ遊牧民ウィルタエヴェンキといった北方少数民族が混じって暮らし、後から新住民であるロシア人やヤクート人が混淆していったサハリン島19世紀後半を描くために、きわめて有効な方法だと思われる。この小説は、ニヴフの昔話や伝説をロシア語の書き言葉に残すための「民話集」などでは到底なく、ひとりの優れた作家による創造力の結晶であり、ニヴフの声による口承文学を内臓していることで、近代小説の限界をも易々と乗り越える可能性をはらんでいる。

 当然のことだが、『ケヴォングの嫁取り』はフィクションを交えた文学作品である。そうであるのに本書を読んでいると、ロシア化される以前のニヴフが伝統生活に生きる姿のドキュメントを見ているような気がしてくる。それは、日本語圏の読者にとっては、1905年から40年間、南樺太を植民地化するプロセスにおいて、ニヴフや他の北方少数民族を「土人」という地位におとしめる前の、彼らの姿の記録ということになる。ニヴフから言語や生活習慣を奪っただけでなく、無知につけこんで経済的に搾取し、身体を拘束して兵隊として使い、ときには命を奪ったという点では、ロシアも近代日本も彼らにとって破滅をもたらす悪霊のような存在であった。

 それに比べて、『ケヴォングの嫁取り』に描かれたかつてのニヴフの暮らしの美点は、極寒の地で日々の食料や生活のやりくりをするブリコラージュの力にあったといえる。たとえば、本書で長老のカスカジークは、野生のトナカイやテンを仕留める狩猟者であり、森のなかに数々の罠を仕かける職人であり、川でサケやマスを網で捕まえる漁労者で、常にふたりの息子の来し方と氏族の行く末を憂いながらも強く育てる父であり、造物主(タイフナド)と精霊クールングをたたえる吟遊詩人でもある。職業分化が進む前の時代では、誰もが自分のなかに詩人、狩猟者、職人、料理人、宗教者をもっていた。そのように全人性をもって生きることの豊かさを、近現代人は失ってきたわけだが、この小説にはニヴフがそれを失う前のありようが活き活きと書かれている。

 『ケヴォングの嫁取り』を読みながら、わたしは何度もひどく懐かしい郷愁をおぼえた。近年のミトコンドリアDNAの分析によれば、日本列島人には7つから9つくらいの異なる種族のDNAが入っているという。そこにはシベリアの先住民や、バイカル湖周辺からマンモスを追ってきた狩猟民のDNAも含まれているそうだ。13世紀くらいまで北海道の網走周辺で栄えたオホーツク人は、ニヴフに近い人たちだったという研究もある。そのような意味では、ほんの少しだけわたしもニヴフであり、ニヴフもわたしである。誰もが自分のなかに狩猟民の時代からの記憶を保持しており、この小説を読むと、それが体の奥底で静かな雄叫びをあげる。ウラジーミル・サンギという小説家は、文字で残されることが少なかったニヴフの伝統生活を、個人の想像力をつかって現代に蘇らせるホメーロスであろう。そして、かつてサハリン島を縦横無尽に移動していたニヴフの詩人の声を集めて記憶し、わたしたちの時代に届けてくれる偉大な編纂者でもあるのだ。

金子遊(かねこ・ゆう)

 

f:id:johnfante:20190812084334j:plain



蔡明亮シンポジウム

2019年7月20日(土)と21日(日)に、ツァイ・ミンリャン監督と俳優のリー・カンション氏が来日して、台湾文化センターで上映+シンポジウムが開催されます。
わたしは1日目の13時半に監督やリー・カンション氏らとのプログラムで、スピーチをします。

「赤道上のメイド・イン・タイワン:蔡明亮・現代台湾馬華映像及び芸術」
詳細 

f:id:johnfante:20190718013303j:plain


「赤道上のメイド・イン・タイワン:蔡明亮・現代台湾馬華映像及び芸術」

文化の多様性を受け入れる大きな包容力と先進的な教育制度を有する台湾は、多くのマレーシア出身の人を惹きつけました。マレーシア中華系移民の文化 は台湾で長きにわたって発展し、その活気にあふれる活動は、映画、演劇、現代アートおよび文学などで素晴らしい成果をあげています。映画では台湾ニューシ ネマに続いて、蔡明亮ツァイ・ミンリャン)監督の作品がベネチア・ベルリン・カンヌなど国際映画祭の賞を総なめにするほど高い評価を受けました。

今回のイベントでは、蔡明亮監督のほかその作品に欠かせない俳優・李康生(リー・カンション)も登壇して、台湾における現代マレーシア中華系移民芸術の展開の歩みをたどるとともに、台湾とマレーシアの間における芸術越境の見取図を描きます。

日時:2019年7月20日(土)10:00-21:10、7月21日(日)10:00-17:00
会場:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター(東京メトロ虎ノ門駅より徒歩1分)
定員:80名(入場無料、要予約。30分前開場、自由席)

総合進行:黄英哲[愛知大学
言語:中国語/日本語
通訳:張文菁[早稲田大学研究員]・劉怡臻[明治大学大学院文学研究科博士課程]

★2019/7/20(土)「蔡明亮監督の映像芸術」

10:00 開会挨拶  

10:10-12:30
司会:張小虹

映画『無無眠』(2015, 34 mins)上映と対談
*セリフなし、男性俳優の正面全裸映像がある。
講演:蔡明亮[映画監督]・李康生[俳優]
対談者:陳儒修[台湾・政治大学伝播学院] VS 佐藤元状[慶應義塾大学法学部]

13:30-16:00
司会:陳儒修
映画『秋日』(2016, 24 mins)上映と対談
*最初から8分間映像なし、音声のみ。
講演:蔡明亮・李康生
対談者:張小虹[台湾大学外国語文学系暨研究所] VS 金子 遊[多摩美術大学芸術学科]
16:10-18:00
司会:三木直大[広島大学大学院総合科学研究科]
蔡明亮の映像芸術:映画創作者・芸術の越境
対談者:
山本博之[京都大学東南アジア地域研究研究所] マレーシア映画における「黒眼圏」の系譜(馬來西亞電影中《黑眼圈》的系譜)
孫松榮[台湾・台南芸術大学動画芸術與影像美学研究所] 慢走電影:蔡明亮的遷徙影像行動(スローシネマ:蔡明亮の移りゆく映像)
19:00-20:40 映画『台北星期天』(何蔚庭監督,2009, 100 mins)上映
*中国語・英語の字幕付き

★2019/7/21(日)「台湾馬華芸術:映画・演劇・映像芸術」

10:00-12:00
司会:孫松榮
何蔚庭映画:異境台湾・未来都市
対 談者:林克明[台湾・聯合大学台湾語文與伝播学系] 「走在路上」:何蔚庭的台北異域(「道をゆく」:何蔚庭の台北異域) VS 及川 茜[神田外語大学国語学部] ヘテロトピアの夢は誰の夢?:映画『ピノイ・サンデー』と移民工文学試論(異托邦的夢是誰的夢?:試論《台北星期天》與移 民工文學)
13:00-15:00
司会:林克明
在台馬華劇場:越境台湾・混語身体
対談者:于善祿[国立台北芸術大学戯劇学系] 歷史脈絡與發展現況(歴史的背景と発展の現状) VS 高俊耀[窮劇場聯合アートディレクター] 語言當中的身體疆界(言語にみる身体の領域)
15:10-17:00
司会:于善祿
區秀詒:周縁台湾・南方顕像
対 談者:柯念璞[高雄市立美術館アシスタントキュレーター] 測繪南方:精神地理實踐的歷史複象(南洋をマッピングする:想像の地表と歴史とのオーバーラッ プ) VS 區秀詒[アーティスト] 密碼顯像:馬、椰子、廣播、那些歷史的男人們、一所圖書室與其他(記号の表象:馬・椰子・ラジオ放送・歴史上の男たち・ある図書 室とその他)

主催:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、台湾国立政治大学

f:id:johnfante:20190718013320j:plain

 

『暴力と輝き』刊行イベント

アルフォンソ・リンギス『暴力と輝き』(水声社)刊行記念
上野俊哉×金子遊トークイベント
「旅する哲学者と人類の野性的な輝き」

ブラジル、パタゴニア、バリ島、モンゴル、パプアニューギニア……。
世界の辺境を歩きながら、アルフォンソ・リンギスが供儀やアニミズム、ダンスやアール・ブリュットを考察するのは、近代社会に管理されてきた人類の<野性>と<暴力>と<自由>の奔放さを取りもどすためだ。「旅する哲学者」の新刊をめぐるトークで、ふたりの批評家がその魅力に迫ります!


【参加条件】
代官山 蔦屋書店にて、いずれかの対象商品をご予約・ご購入頂いたお客様がご参加いただけます。

【お申込み方法】
以下の方法でお申込みいただけます。
①代官山 蔦屋書店 店頭 (1号館1階 レジ)
②お電話 03-3770-2525 (人文フロア)

  • 会期 2019年7月14日(日)
  • 時間 19:30~21:30
  • 場所 蔦屋書店1号館 2階 イベントスペース

https://store.tsite.jp/daikanyama/event/humanities/7565-1139020620.html

 

f:id:johnfante:20190714150412j:plain

f:id:johnfante:20190714150350j:plain

f:id:johnfante:20190714150401j:plain

 

 

黒沢清監督のレクチャー

多摩美で以下のイベントを開催します。

2019年度 芸術学科21世紀文化論
「シネマ、辺境への旅
『旅のおわり世界のはじまり』公開記念レクチャー」
講師:黒沢清氏(映画監督)

日時:7月13日(土) 13:00開場 13:30開演
場所:レクチャーホールBホール
入場料無料・事前予約無し

http://www2.tamabi.ac.jp/geigaku/20190708/

 

f:id:johnfante:20190710211700j:plain

 

ガーデンアパート

プロデュース映画『ガーデンアパート』の続報です。

アップリンク吉祥寺にて、7/12(金)〜18(木)まで劇場公開。
出演者のトークイベントも続々決まっています。
https://joji.uplink.co.jp/movie/2019/2607

大阪シアターセブンにて、7/13(土)〜19(金)まで劇場公開。初日に、竹下かおりさんの舞台挨拶も決定。
http://www.theater-seven.com/2019/mv_s0073.html


どうぞお見逃しなく!

f:id:johnfante:20190710123247j:plain