シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『沈黙を破る』

johnfante2009-05-02

沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領”

沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領”


今年のドキュメンタリー映画の大本命、『沈黙を破る』(土井敏邦監督)が封切られました。
5月2日〜ポレポレ東中野、5月7日〜大阪・第七芸術劇場、5月23日〜京都シネマにて公開です。

ハンディカム・ドキュメンタリー


ハンディカムのビデオカメラを使った、セルフ・ドキュメンタリーやプライベート・ドキュメンタリーの動きが広がっている。
そのなかで特に注視したいのはジャーナリストの手による、ハンディカム・ドキュメンタリー映画であろう。
パレスチナ1948 NAKBA』は、フォト・ジャーナリストの広河隆一による、被害者側の歴史を掘り起こそうとする試みであった。
また『ガーダ パレスチナの詩』では、アジアプレスの古居みずえがニュースや新聞などのメディアに取りあげられることの少ない、占領下に生きるパレスチナ人の女性に焦点を合わせた個人撮影による映画であった。
ジャーナリストという職種の人々がたった1人で現場に入ってビデオカメラをまわした映像が、「映画という形でしかできない何か」として次々に発表されれていく動きは、今後も加速するものと思われる。



『沈黙を破る』予告編


『沈黙を破る』の土井敏邦は主にパレスチナイスラエルを舞台に、ジャーナリストとしてインタビューをとり、ルポルタージュを書く仕事を長年続けてきている。
そして、それがあるときから(93年から)、人々にインタビューをとるときに、ビデオカメラをまわし始めたという。
その記録映像をもとに、土井は書籍を作り、TVドキュメンタリー番組を制作してきた。
本作『沈黙を破る』の映像が圧倒的であるのは、その膨大な映像資料(ドキュメント)のなかでも、テレビなどの電波に乗せにくい生々しいリアルな映像で構成しているからであろう。


沈黙を破る


土井敏邦のビデオカメラは、イスラエル軍によるパレスチナ人の難民キャンプの包囲や有名なジェニンの虐殺を、その内側に入りパレスチナ人の側からとらえている。
その映像は資料的価値が高いものであると思われるが、少々気になるのは、他に取材するべき場所が出てくると彼がジャーナリストという身分を示して、イスラエルの包囲網を越えて外へ出て行ってしまうことだ。
つまり、パレスチナ人の側に寄り添い、その悲劇を撮り続ける記録者ではないのだ。
そして、今度はイスラエルの兵士たちが占領地の実情を話すインタビューを撮り始める。
このジャーナリストとしての立ち位置の取り方が、この映画の最大の特徴である。


このことによって、確かに占領下にあるパレスチナ人の内情と、戦場へ行き、人間性を失って「怪物化」するイスラエル兵の両側を立体的に描くことに成功している。
また、そのことにより、「占領という構造的な暴力」を描出しようとしている。
しかし、私にはジャーナリストという立場によって両者の間に立ちはだかえる壁を易々と越えていく、越境的な自由さに引っかかるものがないではない。
とはいえ、この映画のインタビューに答える人々によってつむぎ出される言葉は、パレスチナ問題ということに留まらず、人間の暴力と原罪をめぐる神話的な領域にまで近づいているように思われる。



『沈黙を破る』公式HP  http://www.cine.co.jp/chinmoku/


届かぬ声ーパレスチナ・占領と生きる人びと


土井敏邦は全4作『届かぬ声ーパレスチナ・占領と生きる人びと』を、5月23日よりポレポレ東中野にて公開するために編集作業中であるという。
『沈黙を破る』は、長編ドキュメンタリー・シリーズ「届かぬ声―パレスチナの占領と民衆―」4部作の第4部に当たる作品。
本シリーズは1993年以降、土井監督が17年間に渡って撮影した数百時間に及ぶ映像をもとに構成されているという。


○第1部『ガザ―「和平合意」はなぜ崩壊したのか―』
1993年の「和平合意」が、パレスチナ人住民の真の平和につながらなかった現実とその原因を、ガザ地区最大の難民キャンプ・ジャバリアに住むある家族の6年間の生活を通して描く。


○第2部『侵蝕―イスラエル化されるパレスチナ―』
家屋を破壊され居住権を奪われるエルサレムパレスチナ人住民たち、“分離壁”によって土地と資源を侵蝕され、国家建設の基盤を失っていく人びとの現実とその苦悩を描いている。


○第3部『2つの“平和”―自爆と対話―』
自爆攻撃に走ったパレスチナ人青年の遺族の証言、自爆テロの犠牲となった少女の両親や、生還した女性兵士と家族の「平和」観を通して、対話を試みるイスラエル人・パレスチナ人双方の “平和観の断層”を描く。


この4部作を見ていくことで、今後『沈黙を破る』で描かれている事象を掘り下げて考えていきたい。