シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『悪魔の人形』 トッド・ブラウニング

johnfante2009-05-05

Devil Doll [VHS]

Devil Doll [VHS]


『悪魔の人形』(1936) 原題:The Devil Doll

トッド・ブラウニング


『フリークス』の監督トッド・ブラウニングが、その数年後に完成させた怪奇映画『悪魔の人形』(1936)。
エリッヒ・フォン・シュトロハイムが脚本に協力している。
最初から結末まで不穏な空気が漂い続ける一篇なのだが、その実、ストーリーテリングでも見事な整合性をみせている。



『悪魔の人形』予告編


2人の囚人、ポール(ライオネル・バリモア)とマルセルが脱獄する。ポールは元銀行家で、同僚の3人に裏切られたために冤罪で17年間入牢していた。
マルセルはマッド・サイエンティストであり、森の中にある彼の秘密の研究所に2人は逃げ込む。マルセルと妻のマリタは、動物や人間を6分の1のサイズに縮める実験に成功していた。
妻を演じるラファエラ・オッティアノは足が悪く、いつも松葉杖をついている不気味な老女役を好演。特殊撮影も見事で、一寸法師のように縮められた犬が歩き出すシーンにはハッと息を飲まされる。
人間を小さいサイズにすると、なぜか脳が退化して何でも言う通りに行動するようになる。このアイデアには、地球の資源が限られているにもかかわらず、人口が増加し続けており、人類を飢饉から救いたいというメッセージ性が込められているようだ。
それにしても、研究の完成を目前にして、科学者のマルセルはあまりに呆気なく死んでしまう。


悪魔の人形


舞台はパリへと移る。ポールが「悪魔の人形」の技術を使って、裏切り者に復讐をしていく話になる。
怪奇的なのは、ポールと夫を亡くしたマリタが地下で営んでいる人形店である。本物の動物や人間を縮めたものなので、人々はよく出来ていると感心する。
パリのシークエンスでは、ポールが服装倒錯の性癖を見せて、老女に成りすまして行動する。裏切り者の1人を障害者にし、もう1人を狂気に陥らせる。
子供が普通の人形だと思って抱いて寝ていると、真夜中になってその人形が動き出すシーンは幻想的。
マット合成のカットと、子供部屋に似せたマルチサイズのセットを使って構成している。
6分の1のサイズに縮められた人間が、宝石を集めてポールに投げ渡すカットの積み重ねが、子供が見る悪夢のようなイメージをつむぎだす。
悪魔の人形の影が壁に投影されるところは、この映画のなかで最も美しいショットであろう。



子供の腕のなかで悪魔の人形が目を覚ますシーン


このように書いてくると、どれだけ怖ろしい映画かと思ってしまうが、映画の中盤でポールが娘と再会する人間ドラマが長く挟まれている。
犯罪者の娘として洗濯屋で働きながら、日陰者の暮らしを余儀なくされている。ポールがこの娘のために、自らの潔白を証明しようと裏切り者たちを追い込んでいく設定になっているのだ。
この部分がないと、普通の人にはちょっとついていけない。映画のラストで、無実を証明したポールが自らの素性を隠し、娘に「君の父親は脱獄したときに死んだ」と伝えるシーンは素晴らしい。
潔白を証明するために犯罪をおかしたポールは、自分を亡き者とすることで、娘の心のなかでずっと美しいままで生き続ける。


『フリークス』や『魔人ドラキュラ』などの見世物性で語られがちなトッド・ブラウニングだが、D・W・グリフィスの『イントレランス』で助監督もつとめた生粋の映画人である。
幻想怪奇的な作風のなかにも、きっちりとした物語の枠組みと技術的な裏打ちを持っており、いつの時代になっても古さを感じさせない独特の風格がある。