シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

デイヴィッド・リンチとフランシス・ベイコン ①

johnfante2007-03-24

愛の悪魔(トールサイズ廉価版) [DVD]


劇映画『愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』は、今世紀を代表する画家、フランシス・ベイコンの生涯を、男性の恋人との関係を中心に描く一編。


右写真はデイヴィッド・リンチによる版画作品「Untitled #5」(1997)

画家としてのリンチ


1965年、画家を志していた21歳のデイヴィッド・リンチは、フィラデルフィアのアート・スクールに入学した。
父親の仕事の関係で幼いころからアメリカの各地を点々としてきたリンチは、2年後にそこで知り合ったペギーという少女と、23歳の若い身空で所帯を持つことになった。
望んだのではない、ただ子供ができたからだ。
学生だったふたりは、生活費が足りなくなると双方の親から金を借りてしのいでいた。
ペギーは赤子にかかりきりで、リンチは昼間はずっと版画を刷る仕事をして、それが済んだあとの夜に絵を描いていた。


ペギーによると、リンチの画風が暗いものに突然変わったのは結婚後のことであった。
ペギーが娘のジェニファーをあやしている横でリンチは、自分で中絶をおこなう女性の姿を描いた絵に「花嫁」という題をつけた。
当時のことをリンチはインタビューのなかで振り返っている。
恐怖と希望がせめぎ合う日々のなかで「僕はフィラデルフィアにいない、僕はフィラデルフィアにいない」と、ずっとつぶやいていたと云う。
だからといって、それは現実からの逃避にはつながらなかった。
リンチは現実と少しズレた位置に立ち、ものごとの奥底にあるデロリとした感触に耳をすます。
すると、やがて日常のうすい皮膜に小さな傷がつき、そこから臓物や昆虫が這いでててくるのだ。  

ベイコンとの出会い


その頃、リンチは人生を決定づける絵画と出会うことになった。
68年にニューヨークのマールボロ・ギャラリーでフランシス・ベイコンの展覧会が開かれた。
そのオープニングには、ロンドンから初めて大西洋を渡ってきたベイコン自身の姿もあった。
ベイコンはリンチのヒーローとなったが、その頃からリンチの興味は絵画を離れ、急速に実験映画へと傾いていく。
才能のある人間ほど、他人の才能を率直に認めてしまうものだ。
リンチは「ベイコンが映画を作っていたら、どこへ向かって行っただろう」と考えた。
この瞬間、デイヴィッド・リンチは画家から映画作家に生まれかわったのだ。


ドロドロの腐った肉の塊が、十字架のうえを滑り落ちるキリストの磔刑図。
凄まじいヒステリーの頂点で叫ぶ法王の肖像。
象皮病か原爆病のように、顔が醜く歪んだ人々の肖像群。
ベイコンの絵画が、20世紀の精神に落とした波紋は小さくない。
映画界では、エイドリアン・ラインやクローネンバーグ、そしてベルトリッチなどがそれに敏感に反応した。
この影響力の背後にはベイコンの
「私たちは肉であり、いつかは死骸になります」
「肉屋に行くといつも驚くのは、そこに横たわっているのが自分ではなくほかの動物だということです」
という徹底した現実認識がある。
この認識が、ものごとを写実的にとらえず、直接的に生々しく描くベイコンの創作スタイルをかたち作ったのだ。
過剰なまでに生々しさを欲望するこの姿勢は、そのままリンチ魔術の根本に触れている言葉のようにも聞こえる。


つづく


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