シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

デイヴィッド・リンチとフランシス・ベイコン ②

johnfante2007-03-29

イレイザーヘッド 完全版<ニュープリント・スクイーズ> [DVD]


上はデイヴィッド・リンチの処女作『イレイザーヘッド


右はリンチによるオブジェ&写真作品「Clayhead with cheese turkey and ants」 (1991)
タイトルからもわかるが、チーズとターキーと蟻でつくられた人形の頭であるようだ。

イレイザーヘッド


70年にリンチは家族を連れてロサンゼルスに移る。
新しい映画の資金をAIFから得るためだった。
翌年から処女長編『イレイザーヘッド』の準備に入っているが、完成したのは5年後の76年のことで、その間リンチは昼間に新聞配達の仕事をし、夜は映画の撮影を続けた。
そんななかで、結局離婚というかたちでペギーがリンチの元を去っていった。


イレイザーヘッド』は、恋人に赤ん坊を産んだと云われたヘンリーが、胎児そのままの奇形児とともに新婚生活をはじめ、迷ったあげくそれを殺害するという話。
ここにリンチの自伝的な反映をみようとするのは無意味であろう。
リンチは私小説家の目ではなく、オブジェを見つめる画家の目で、この映画を構成しているからだ。
ベイコン的な肉屋のリアリズムを駆使して、リンチはデフォルメされた非写実的な空間を、映画に持ちこんだのである。

肉屋と救済


ベイコンの云うように、人間が血肉でできた肉団子にすぎないのなら、リンチ映画の住人に決して救いはないのか。
無神論がすっかり定着した現代では、病気や死の脅威にたいして、人はただ動物のように怯えるだけしかないのだろうか。
リンチは曖昧だが、確実にそれにこたえようとしている。


イレイザーヘッド』のラストシーンで工場地帯が光に包まれ、ラジエターのなかの女がヘンリーに抱きつく。
「僕はフィラデルフィアにいない」とつぶやいていたリンチに、別世界からの使者が降臨する。
むろん、それはすべての宗教とは無縁の存在だ。
なぜなら、その女は両頬にコブをぶらさげた、つまりは肉塊の顔をした守護天使なのだから。
云うなれば、リンチ映画の幕が下りるとき、映画館の座席では、まったく宗教的ではない人間救済の模索がはじまっている。
 

初出 : デイヴィッド・リンチ―期待の映像作家シリーズ (キネ旬ムック―フィルムメーカーズ)


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