シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

戒厳令下チリ潜入記 ②

johnfante2007-08-30

戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359)

戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359)


いざ潜入


85年の初め、アンスシオン(パラグアイ)発のラデゴ115便は、チリのサンチアゴ空港に降り立った。ミゲル・リティンにとって11年ぶりの祖国であった。
エレーナと幸せな夫婦を装ってマドリッドを出発し、地球の半分の7つの飛行場を経由していた。
最後の1時間半の行程では、別々に席を取り、見知らぬ者同士として飛行機を降りることになった。


入国管理官がパスポートを開いたときに、顔を上げて目を見たら、偽造に気付いたことを意味する。3つあるカウンターには、それぞれ私服の係官がついていた。
が、担当した係官はビザすら調べなかった。近隣のウルグアイ人にはビザがいらないからだ。彼は入国印を押し、目をじっと見つめた。ミゲル・リティンの心臓は凍った。
「ようこそ」係官はほほえんだ。
「ありがとう」

亡命者、祖国の地を踏む


ミゲル・リティンは、空港の外でタクシーにトランクを乗せて待った
。時計の針は、外出禁止時刻へ向けて進んでいる。エレーナが走ってくるのが見えた。そのすぐ後を、私服の男が追いかけてくる。男はエレーナに追いついた。エレーナが、レインコートを税関のカウンターに忘れたのを届けただけだった。
ミゲル・リティンは中心街で外を歩きたい衝動に捉われ、エレーナに猛烈に反対されたが、タクシーを降りて歩いた。
そこには彼の過去がぎっしり詰っていた。感涙に咽びながら、外出禁止時刻ぎりぎりにホテルに戻った。部屋に入ると、エレーナは妻のように爆発した。 


ミゲル・リティンはエレーナを置き去りにし、2階下の306号室のドアを叩いた。
「どなた」
「ガブリエルです」
「それで?」グラツィアの声だ。
「大天使です」
「聖ホルヘとミゲルですか」
 合言葉が全部終わり、彼女はドアを開けたが、すぐに脅えたように閉めてしまった。ミゲル・リティンの変身した姿に見覚えがなかったからだ。
イタリア・チームは1週間前にチリに入って撮影を開始しており、大使の尽力でピノチェト将軍の会見と、モネーダ宮殿内部の撮影許可を申請していた。彼は昂奮して、すぐにでも撮影を始めたいと思った。


撮影開始


フランス・チームはパリで立てた計画に従い北部で、オランダ・チームは南部で活動していた。
翌朝9時より、ミゲル・リティンは旧友フランキー(仮名)と連れ立ち、イタリア・チームとアルマス広場で撮影をした。あらゆるところに、銃を持った国家警備員が立っている。
彼はグラツィアに撮影上の指示を与えた。
ミゲル・リティンは1人で歩きまわり、人々に話しかけ、会話をこっそり録音していく。
旅館の前で、旧友のエルネストとエルビア夫妻の姿を見かけた。11年ぶりなので、突然年をとったかのようだった。2人は彼のことに気付かなかった。


最初の1週間、サンチアゴと近郊地域で、イタリア・チームとの撮影は順調に進んだ。
3日おきにホテルを変えた。さらに用心のため、エレーナとの関係も変えた。
夫婦、重役と秘書、見知らぬ者同士など。シェラトン・ホテルに泊まっているとき、夜中に電話が鳴った。偽名に似た名前の男への間違い電話だった。
その後、不安で眠れなくなり、朝になるのを待ってすぐさまホテルを変えた。


2週目の週末、ミゲル・リティンとフランキーは列車で、500キロ離れているコンセプシオンバルパライソまで旅をした。
車を借りて2人は広場、炭鉱などを撮影した。警察の検問に3回あった。
「鉱山の撮影には許可証が必要だが」
「山上の彫像と白鳥の公園に行きたいだけですよ。貧乏人になんて興味はありませんから」
「ここじゃ、みな、貧乏なんだよ」
 そんな風に無関心を装って、切り抜けた。
 その週末の間、エレーナは不安にかられて過ごしていた。月曜の昼に戻ると、「こんなに苦労させられたことはない」と言って、ミゲル・リティンのことを罵った。


地下組織と接触


エレーナが怒るのにも理由があった。
彼女はかなりの危険を冒して、この日の午後、地下組織「愛国戦線」との会見を準備していたのだ。それは優れたジャーナリストであれば、誰もが夢見る特ダネであった。


ミゲル・リティンは目印の雑誌を持ち、1人でプロボデンシア通りのバス停に行った。
びっこを引いた少年と合言葉を交わし、パン屋の小型トラックに乗ってイタリア・チームを拾って荷台に乗せ、町のなかをぐるぐる回る。
少年は特殊なサングラスを忘れたので、目を閉じるように言った。彼と荷台の連中は、横になって眠るように指示された。
「1人でも目を開けたら、ドライブはおしまいにしておうちに帰るよ!」
ミゲル・リティンは臭いで、市内のどこにいるか判断しようとした。


運転手が目を開けるように言うと、彼とイタリア・チームの5人は小さな部屋にいた。地下病院のようだ。警察が血眼になって捜している、フェルナンド・ラナレス・セゲールという人物にインタビューした。
数日後、戦線の最高指導部と会見するため、同様のスパイ映画もどきの手続きがとられた。


エレーナは自分の任務を終えて、ヨーロッパに帰ることになった。
衝突も多かったが、ミゲル・リティンにとっては、心に迫るものがあった。
この頃には、外国チームが強制退去を命じられたときのために、チリ国内で6つのチームが作られ、チリ全土で政治・経済・文化・生活などのあらゆる面を撮影して、フィルムを国外に送り続けているという順調ぶりであった。