江戸前と関西ずし
- 作者: 谷崎潤一郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2002/01/01
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右写真は、旧谷崎潤一郎邸(倚松庵)
江戸前と関西の違い
スシには江戸前ずしと関西ずしがありますね。
いわゆる握りずしの江戸前「鮨」に対して、押しずしや箱ずしを中心としたのが関西の「鮓」です。
「寿司」というのは当て字です。
「鮨」の方は「物を保存して熟成させる」という意味で、「鮓」は「物をうすく切った状態」ということです。
江戸前の握り鮨は昔からあまり変わりありませんが、関西の押し鮓は歴史が古く、有名なものだけでも「鮒ずし」「鯖ずし」「雀ずし」など種類もたくさんあります。
さて、同じ「スシ」でも、どうしてこんなに違う性格のものができたのか。
それは歴史的な背景がまったく違うからです。
発生は関西ずしの方がずっと古く、八世紀の文献にスシの名前がすでに登場しています。
その頃のスシというのは魚の漬け物という程度のものでしたが。
与謝蕪村の句によくスシが出てきますが、あれは行楽などに持参する箱ずしの方で、関西ずしのことです。
江戸前の握りずしが生まれたのは、江戸時代の文化・文政年間だと言われています。
西暦にすれば一九世紀初頭のことです。
握りずし誕生にはいくつも説がありますが、大まかには江戸に上方鮨(関西鮓)が伝わり、それを屋台店などで握って出すようになったと言われています。
それは歌舞伎芝居の『義経千本桜』や『いがみの権太』などからもわかります。
谷崎とすし
文壇でスシにこだわった人といえば谷崎潤一郎で、エッセイ「陰翳礼讃」の中で関西の「柿の葉ずし」というのを賛美しています。
それは大和に伝わる郷土料理で、サバずしを一つ一つ柿の葉で包んだものです。
陶芸家で美食家として知られる北大路魯山人も、若狭でとれた春サバで作った京都のなれずしが絶品だと言っていて、その理由として、味の上品さと忘れがたい風味をあげています。
通人にはどうも関西ずしのファンが多いようです。
- 作者: 北大路魯山人,平野雅章
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反対に、握りずしには「江戸っ子だってねえ、すし食いねえ」の合言葉からもわかるように、細かい味にこだわる趣向はあまりありません。
マグロを頼むときにも「サビをうんとキカせてくんな」と言うのが通だとされています。
そういう風潮に魯山人は眉をひそめて「しょうがの酢漬けだけそえて」食べた方がよっぽどうまいと言っています。
小説家の三島由紀夫などは、カウンターに座るとえんえんとトロばかり注文しつづけてすし屋を困らせることで有名でした。
三島は自分でも認めるくらいの味オンチですが、トロの握りずしのうまさくらいは分かったのでしょう。
食品としては、江戸前の握りずしはインスタント食品で、握ってその場ですぐに食べるのがうまいし、時間がたてば味が劣化してしまいます。
関西のすしは基本的に保存食であり、こしらえてすぐに食べるより、一日くらいおいて食べた方が本来のうまみがあります。
関西でシャリ炊きに砂糖を多く使うのも保存食の意味あいが強いからです。
東京の人が関西の握りずし店に入るとシャリの甘さにびっくりします。
握りずしと関西のすしは、これだけちがう食べ物なので当然ですけれど。