シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『Chats Perchés』 クリス・マルケル

johnfante2009-04-25

ラ・ジュテ / サン・ソレイユ [DVD]

シネマ・エッセイ


シネマ・エッセイを撮り続ける映画作家クリス・マルケル1921年生まれだというから、今年の7月で88歳になる。
クリス・マルケルの現段階での新作『Chats Perchés』(2004)を観る機会があったので、それについて少し書いておきたい。
原題は日本語に訳せば「猫のとまり木」とでもなるか。
英語のタイトルは「The Case of the Grinning Cat」だから、こちらは「にやりと笑う猫の場合」くらいの意味であろう。
ビデオ・カメラによって撮影された、58分のシネマ・エッセイである。



2001年の11月、マルケルはパリの建物や公共物のあちこちに突如として描かれだした、笑顔を見せる猫のペイテンィングに興味をそそられ、そのドキュメントをはじめる。
フランスではムッシュー・シャ(Monsieur Chat ミスター・キャット)として知られる落書きアートであり、これが国内の至るところで見られるようになった。
最初にはじめたアーティストは匿名のままだったが、増え続けるグラフィティはそれが共同作業であることを示唆していた。
猫に対する愛着で知られ、自分の写真を求められると飼い猫の写真を提供するというマルケルが、パリで「ムッシュー・シャ」の複製画を探しながら、パリにおける街頭行動の変遷を記録していく。


笑う猫の視点


クリス・マルケルは猫の落書きを見ながら、様々なことの思索を重ねる。
たとえば、落書きの猫の目や街にあふれるグラフィティや写真の眼から見たら、このフランスの現代社会はどのように映るのか、と。
2001年の同時多発テロ直後のアメリカへ寄せた同情から、すぐに反ブッシュ、反イラク戦争へのデモが一般的になっていった世相。
マルケルはこの無名のアーティストの謎解きをしつつ、自らのデジタルビデオ・アイと猫の目を重ね合わせていき、パリという街の社会的な傾向の変化を浮かび上がらせる。



そして映画は、2002年に保守派のシラク大統領が再選を目指して、極右政党党首のルペンが争った大統領選挙にクローズアップしていく。
移民へ反対の立場をとるルペンを、シラクが決戦投票で負かせたことで、多くの人たちは自己満足を覚えていた。
マルケルは、さらに2003年のアメリカによるイラク戦争への、国中をあげた反対運動も追っていく。
そうするうちに、イラク戦争が最大の関心事となり、街頭行動やデモンストレーションが高まりを見せていく。
しかし、マルケルは「ムッシュー・シャ」の視点からニヤニヤしながら、これらの抗議行動を見ている。
集会において抗議者は、サダム・フセインアメリカに何の害も及ぼさなかったというが、ナレーターはサダムがクルド人にガス攻撃をしたことを思い出させる、といった具合である。


結局、笑顔の猫の作り手は、ミスター・キャットとして知られる芸術集団であることが判明する。
そして、クリス・マルケルはこれらの芸術表現や市民の街頭行動の重要さを、68年5月のスローガンに結びつけるのである。
つまり、「La poésie est dans la rue」 詩はストリートにあるものだ、と。



英語版「Case of the Grinning Cat」の映像