- 作者: 梶井基次郎
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1999/11/01
- メディア: 単行本
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闇の絵巻
梶井基次郎の短編小説「闇の絵巻」は、普通、存在の不安と結び付けられて読解されることが多い。
しかし、29歳のときに書いたこの小説を、恋する者の苦悩の彷徨として読むことは可能だろうか。
主人公の「私」は不安や恐怖の感情でいっぱいになり、「その一歩」が踏み出せずにいる。
その一歩を踏み出すためには、悪魔を呼ぶか、「絶望への情熱」がなくてはならない、とまで言う。
しかし、彼は恋の告白に踏み切ることができずに、反対に、闇を愛するようになってしまう。
主人公は闇と一体になると安息を感じるという。
遠い電燈を眺めて感傷にふけるという行為は、恋する者のそれでなかったら一体何なのか。
分身の問題
主人公が闇のなかに自分の分身らしい者を見て、それが闇へと消える姿に心を動かされるシーンがある。
これは、普通、梶井基次郎に近づいていた死の象徴と関連づけて考えられるだろう。
しかし、よく読んでみると、「誰かがここに立っていれば」自分もあのように闇へと消える姿に見えると書いている。
つまり、自己を見ている「誰か」の視点が想定されているのである。
それをある特定の女性だと考えることは、下司の勘ぐりであろうか。
宇野千代の「梶井基次郎の笑ひ声」という小文によれば、梶井は自己の感情を表に出さない人間だった。
そんな彼であるからこそ、秘めた恋心を誰にも悟られないように、「闇の絵巻」という象徴的な散文詩がかけたのかもしれない。
早逝した梶井基次郎のお墓。