シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

死への逃避行 ②

johnfante2009-07-01


B級ホラー映画「Deadly Run(死への逃避行)」(1995・米)を巡る、嘘のような本当の話。

連絡してきた男たち


メレディス事件の報道を見ていた、フロリダ州レオン郡の主任検察官ウィリー・メグス(Willie Meggs)は驚いた。ウィリーは12月に管轄内で起きた殺人事件の容疑者を、まだ特定できていなかった。
2007年の12月1日。
42歳のシェリル・ダンラップ(Cheryl Dunlap)が失踪し、15日に死体がアパラチコーラ自然公園で見つかった。
死体が首を切られていたこと、国有林に死体が捨てられていたことが、ジョージアで起きたメレディスの殺害事件と酷似していた。


また、犯人が被害者の銀行カードやクレジットカードを狙い、衝動的に犯行を起こしているところも特徴が共通していた。
フロリダのシェリル殺害事件では、死体が発見される2週間前に、怪しげなミニバンがその地域で停めてあるのが目撃されていた。
また12月2日から4日まで、シェリルのカードをATMで使っていた男の写真が公開された。それから付近にいたハンターによって、変な季節にナイフを持った怪しげな男がいた、という目撃証言もあった。
だが、犯人はまったく検討がついていなかった。ウィリーは報道された容疑者の似顔絵を見て、犯人を「絶対に極刑に送り込んでやる」と決意した


シェリ


ノースカロライナトランシルヴァニア郡のシェリフ、デイヴィッド・マホーニー(David Mahoney)も、メレディス事件の報道を見て驚いたうちの1人だった。
2007年10月20日に起きた事件が、2ヶ月も経って迷宮入りしそうになっていたところだった。
その日、ジョン・ブライアント(79)と妻のイレーヌは、ピスガウ自然公園にハイキングに出かけ、3週間後に妻だけが死体で発見された。夫はまだ見つかっていなかった。
ジョージアの事件と共通なのは、ハイキング中の市民を無差別に襲っていること、被害者のATMのカードが使われていたことである。
マホーニーは「こいつが捕まれば起訴できるかもしれない、これは恐ろしい連続殺人なのかもしれない」と思った。
フロリダのウィリーと、ノースカロライナのマホーニーは、ジョージアのバンクヘッドに連絡をとり、「連続殺人の疑いあり」として捜査の連携をとることにした。


大家の証言


しかし、メレディス事件の報道のなかの、容疑者の似顔絵を見て誰よりも驚いたのは、ジョン・テイバー(John Tabor)だったに違いない。
テイバーはここ10年ほど、その似顔絵にそっくりな男に住処を提供しているだけでなく、半端な仕事を与えてやっていたからだ。
「あいつなら、やりかねない」とテイバーは思った。
テイバーはその男から、2007年9月頃から「1万ドルよこさないと殺す」と脅されていた。
男は身体的・精神的に健康が悪化していたので、働くことができず生活費を必要としていた。男は長年、多発性硬化症を患っていた。
ジョン・テイバーはテレビの似顔絵を見て、すぐに警察に電話をかけた。
「犯人はゲイリー・マイケル・ヒルトン(Gary Michael Hilton)に違いありません!」



テイバーの知る限り、ゲイリーはここ30年というもの、遊牧民のように移動ばかりして暮らしていた。ジョージア州のクレイトン郡に住んでから、街中のアパートメントに引っ越した。
それから、チェロキー郡の森の中で過ごし、北ジョージアの山中に暮らしていたこともある。最近、ゲイリーはミニバンに住み、好きなところでキャンプをして暮らしていた。
ゲイリーはゴールデン・レトリバーを飼っていて、非常に厳しく訓練していた。テイバーには犬が異常なまでに、彼の言うことを何でも聞くのが不気味に思えた。
ゲイリーが伸縮式の棍棒を持ち歩いているのも怖かった。ゲイリーは同居人に手ひどい暴力を振るったり、ガールフレンドの息子に暴行を加えたりして訴えられていたことがあったからだ。


 

プロデューサーの証言


一方、ジョージア州の捜査当局が、ホラー映画「Deadly Run」と、メレディス殺害事件の類似点について気づかないはずがなかった。
「映画の模倣犯なのか?」
そんな疑念がバンクヘッドの頭をよぎった。
バンクヘッドは、映画をプロデュースしたラエルを参考人として呼び出した。そして、ラエルから色々と事情を聞いているうちに、恐ろしい事実が明らかになってきた。


95年にラエルが映画を製作したいと考えたとき、友人のゲイリーは相談するのにうってつけの男に見えた。
ゲイリーはラエルの10年来の友人で、小さな犯罪をいくつも犯していて、ラエルがいつも弁護していた男だ。
彼なら犯罪にも詳しいだろうと声をかけたところ、彼も乗ってきた。そして、ゲイリーは多くのアイデアをラエルに提供した
「ゲイリーは映画制作の最初から最後まで、相談役のプロデューサーとして映画に関わり続けたんです」
連続殺人鬼が街中にでてきてストーキングした後に、山中で女性を殺害するという手口をくり返す、という物語の肉付けをしたのはゲイリーだった。
「ゲイリーは熱狂的でした。アウトラインとプロットを書き、背景にあるコンセプトやアイデアを作り出しました。映画は彼が立てたプランで満ち溢れています」


ゲイリーのアイデア


映画の中で犯罪者の男は女性に出会い、女性をジョージア北部の山中に連れて行く。
「人を森のなかで迷子にさせて、それを獲物のようにハンティングするというのも、彼のアイデアでした。人を山中のどこかにあるキャビンで縛っておき、それからわざと逃がしておいて、追いついて捕まえられるかやってみる、というのです」
ラエルにはプロデューサーとしての資質がなく、プロのスタッフや役者をどこから集めていいかもわからなかった。映画のキャストと撮影スタッフを決めたのもゲイリーだった。



映画のメインとなるロケーションを探してきたのもゲイリーだった。
ジョージア州北部の町クリーブランドの近くにある山中のキャビンである。映画の中では、殺人鬼がそのキャビンの中に女性を監禁する設定になっている。
こうしてラエルの「Deadly Run」は完成してB級ホラーとしてビデオリリースされた。しかし、それでも借金を払うのが精一杯で、ほとんどのスタッフにギャラを払うことができなかった。
しかし、ゲイリーは映画の「プロデューサー」のクレジットに載ることを拒否した。なぜなら、彼は金に困っていたので、ギャラを貰いたかったのだ。
だが、低予算の映画では払えなかった。こうして、ラエルとゲイリーは仲たがいをして、それ以来会っていなかった。