シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『札幌アートウォーク』

johnfante2010-04-05

札幌アートウオーク

札幌アートウオーク

水系へ


「札幌が水の町である」ということの淵源は、遥か太古の時代まで遡ることができる。
地質学の研究によれば、13万年前くらいまでは石狩湾から札幌、苫小牧までは「石狩海峡」という浅い海であり、日本海と太平洋は「海水」で繋がっていた。
ところが、4万年前に苫小牧の北西で巨大噴火が起き、後に支笏湖洞爺湖になるカルデラができ、そのときの火砕流の堆積で「石狩海峡」は埋まってしまったというのだ。


そのようなヴィジョンでは、札幌という町は水上に築かれた楼閣であり、現実的にも、石狩川へと流れ込む支流が走る豊かな水系の町である。
本書『札幌アートウォーク』の執筆を担当した谷口雅春によれば、昔は札幌から石狩川へと流れ込む豊平川や琴似川などの支流は、有名な暴れ川であったという。
そして、こんこんと水が湧き出るこの流域に縄文期の遺跡が多いのは、毎年決まった時期に川を上ってくるサケやマスなどの神の恵みがあったからである。
現代の札幌の町にも、石狩川の大きな流れへと注ぐ地下川が経巡っており、その上で生活する人々や芸術家たちの無意識にも「水の力」が影響しているのに違いない。



13万年前の石狩海峡


露口啓二の写真


本書はそのような水系の町に出入りし、或いは生を送った建築家、彫刻家、画家たちの足跡を丁寧に追っている。
そのアートガイドとしての写真の要所要所に、東川賞受賞写真家・露口啓二の水系をめぐる写真が差し挟まれる。
露口の以前の「地名」「ミズノチズ」「ON−沙流川−」などのシリーズと比べると、それらがアイヌの人々の声に導かれながら大地を踏破する連作であったのに対し、本書における作品群は静的で定点観測的である。
西岡水源地、支流の合流点、石狩川河口、石狩浜といった具合に、ある定点同士を繋ぐことによって「水の物語」が辿れる構成になっている。


「月寒川上流の西岡水源地」「石狩川マクンベツ」「石狩浜」などの写真作品が私たちに提示するのは、この写真家が移動のダイナミズムではなく、定点観測によって得た「新たな光景」である。
それは、人間が或る特定の場所に目の焦点を合わせて、前へ進むときの視界ではなく、立ち止まったときに隅々にいたるまで一挙に提示されるときの全景的な視界である。
これらの写真を前にするとき、人はどこを見たらいいのか暫しの間、迷うかもしれない。
しかし、細部の一つ一つがクリアーであり、個別の色彩を持っていながら、一挙に示される光景としては一つのトーンを保っているのだ。
それが「水」のさまざまな様態、つまりは蒸気であり、湿った砂であり、夕映えの雲であり、濡れた草木であることに気がつくとき、私たちは微細に折り重ねられた水のエレメントによる像の重厚さに、ハッと息を飲んで「立ち止まる」のである。