パーフェクト ストーム ②
パーフェクト ストーム 史上最悪の暴風に消えた漁船の運命 (集英社文庫)
- 作者: セバスチャン・ユンガー,佐宗鈴夫
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2002/11/20
- メディア: 文庫
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レインバンドに阻まれて
しかし、彼らパラシュート・レスキュー隊が向かうロングアイランド沖には、レインバンド(降雨帯)が発達して待ち構えていた。
レインバンドはパーフェクト・ストームによって発達した幅50マイル、長さ80マイルの雲の帯で、突入すると、風速75ノット(秒速38メートル)の強風で視界はほとんどなかった。
向かい風が非常に強く、パイロットのデイヴ・ルヴォラにはH-60ヘリコプターがほとんど停止しているように感じられた。
デイヴ・ルヴォラは5分後の20時に最後の給油を行うと、給油機のパイロットに無線連絡した。
ルヴォラはヘリの前面に給油パイプを伸ばし、給油機の左の背後につき、結合体勢に移った。
しかし、ヘリはほとんど操縦不能だった。
給油機の翼から空中にホースで吊るされている給油口をとらえるのは、銃口めがけてダーツを投げるようなものだった。20回〜30回失敗した。
45分間、給油にてこずっている間に給油口が壊れてしまった。
仕方なく給油機の右側の給油口を使うことにしたが、ヘリの受油パイプもまた操縦席の右側から突き出しているので、これは悪夢に近かった。
結合するためには、給油機の機体のさらに傍までヘリは近づかなくてはならないのだ。
決死の脱出
デイヴ・ルヴォラが2度目に失敗したとき、給油機の機影を見失ってしまった。
ヘリの高度は4000フィート(約1220メートル)、視界はゼロ、燃料の残量はおよそ20分間分。
20分後には墜落するしかない。ルヴォラにできることは、このまま給油を試みるか、燃料のあるうちに機を降下させるかしか選択肢はなかった。
「不時着の準備にかかることにする。まだ可能なときに着水するつもりだ」
デイヴ・ルヴォラは隊員たちに告げた。彼はヘリの機首を下げ、燃料計と競い合うように海面まで降下していった。
副操縦士のブッショアーは15マイル北にいる沿岸警備隊の監視船タマロア号とケープコッド基地と交信し、遭難救助信号を発信した。
写真は映画『パーフェクト ストーム』から
21時28分。H-60ヘリは雲から抜け出し、海面から200フィート(約61メートル)の上空でホバリング状態に移った。
レスキュー隊員たちは救命用具をまとめ、デイヴ・ルヴォラの投下命令を待っている。
眼下は波風の荒い海で、暗くて波なのか波くぼなのか見分けがつかない。ヘリは今にも墜落しそうだった。
墜落するときはヘリの近くにいると危険であるが、デイヴ・ルヴォラだけは機内に残るしかなかった。
21時30分にエンジンから炎が上がった。ジョン・スピレーンの耳には回転翼の風の音が弱まるのが聞こえた。
「第一エンジン停止! 脱出せよ! 脱出せよ!」
デイヴ・ルヴォアが叫んだ。
不時着、嵐の海面へ
レスキュー隊員のジョン・スピレーンが海面に達したときには、降下スピードは時速50マイル(80キロ)にも達し、水はコンクリートと変わらなかった。
彼は右腕、右足、肋骨の骨を折り、腎臓は破裂して脾臓も傷めた。
意識が戻ったときには、身体から外れた1人用の救命ボートにむかって泳いでいた。
救命ボートにつかまっていると、突風に襲われてひっくり返り、それは波頭をどんどん遠ざかっていった。
「暴風がおさまるまで頑張るしかない。空中給油が受けられないのだから、同僚のレスキュー隊員もここまで来ることはできない。もう駄目かもしれない」
1時間後、ジョン・スピレーンは遠くで、救命スーツのストロボが2個光っているのに気づいた。
ヘリの搭乗員の誰かが生存しているのだ。
グループでいれば助かる可能性が高くなると信じ、彼は救命胴衣とウェットスーツの浮力を借りてゆっくりとライトの方へ泳いでいった。
ストロボは巨大な波くぼに入ると隠れ、波頭に乗ると現れた。2時間泳いで、ようやく近づいた。
それはパイロットのデイヴ・ルヴォラと航空機関士のジム・ミオリで、パラシュートの索で双方の身体をつないでいた。
ジム・ミオリはフライトスーツを着ているだけで、体温が低下し危ない状態だった。驚いたことに、デイヴ・ルヴォラは無傷だった。
生存者たち
デイヴ・ルヴォラはヘリを隊員から離れたところに移動させ、ホバリング状態にしてゆっくりとヘリを墜落させた。
真っ暗闇のなかを仰向けになった海水が浸入してくるヘリから脱出した。
彼はもとはレスキュー隊員だった。
ドアハンドルを見つけ、それをまわして押した。救命胴衣の二酸化炭素カートリッジを作動させて、海面へと飛び降りた。
数分後にジム・ミオリを見つけ、双方を索でつないだのだ。
映画のクライマックス・シーン
現場海域には沿岸警備隊の監視船タマロア号(全長約60メートル、1600トン)、H-60ヘリ、熱を発する目標を感知する赤外線装置を備えたジェット機P-3が出動していた。
しかし、生存者たちは山のような大きな波の間を急速に流され、発見できるチャンスは低い上に、空中給油ができないため、ヘリが現場に滞空できる時間はごくわずかしかない。
暴風のせいで吊り上げて救助することはできそうにない。タマロア号が救出するしかなかったが、巨大な波ひとつで80人の船員が海に投げ出されかねなかった。