シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『青鈍色の川』 森泉笙子

johnfante2010-02-22

青鈍色の川

青鈍色の川

「青鈍」(あおにび)とは伝統的な染物の色で、「鈍色に藍を淡く重ねた、青みの暗い灰色」のことを言うそうだ。
古来より、尼僧の衣や仏事や喪中のときのに用いられてきた色でもあるという。


本作は『新宿の夜はキャラ色』『食用花』で知られる、森泉笙子の最新長篇小説である。
疎開文学」という言葉もあるようだが、『青鈍色の川』も戦時中に作者が東京から、群馬県の四万川流域へ学童疎開した体験を題材にしている。
そうはいっても、幼少期を回顧的に綴った小説といった趣はなく、むしろ、さまざまな意匠をこらした現代小説といった方がいいだろう。


学童疎開から63年後に、作者の分身である洋子は群馬県四万温泉への「国民学校の恩師と行く集団疎開地の旅」に参加する。
しかし、肝心の恩師は病気によって来られなくなり、車に同乗した人々も同じ疎開地にいたとはいえ、ほとんど見知らぬ他人のようにしか見えない。
しかし、旅が進み、会話が深まるうちに、彼らの顔の輪郭が、その地の風景や記憶のなかで少しずつ適切な場所へと位置づけられていく。


疎開当時の洋子のひもじさの体験や、少女時代の官能的な光景が語られるのだが、それに加えて雄介、映三という二人の少年が視点人物として登場する。ここが一つの仕掛けになっている。
彼らもまた63年後の現在と、戦時中の記憶を往還しながら、四万川の疎開地で起きた脱走事件や山火事などの出来事を語っていく。
そんな複数の時間、複数の視点が錯綜をつづけながら、そして人物たちがすれ違いながら、共有された場所、共有された時間が像としてあぶりだされていく巧妙な構成になっている。
そのように淡い輝きを放ちながら、さまざまな人の記憶が色をかさねつつ、青鈍色の水脈を保っている四万川の水域を私は探索してみたくなった。