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増村保造の『巨人と玩具』にみられる、社会成長のスピード感に即応したアップテンポな映画リズム。
中平康の『あいつと私』で裕次郎と芦川いづみが交すあっけらかんとしたセックス談義。
日本のモダニズム映画作家たちには、どこかで「社会の進歩」などという迷信を無邪気にも信じこんでいたようなふしがある。
黒のベレー帽、らくだ色のオーヴァーコート、イタリア製の黒靴。
都会派を気取ったファッションで有名な、東京市生まれの中平康自身が生粋のモダンボーイであった。評論家時代のトリュフォーが評価した、石原慎太郎脚本/裕次郎主演の『狂った果実』(56)で監督デビューをはたし、吉永小百合、小林旭、宍戸錠、加賀まり子らの日活スター映画を撮り続け、六〇年代半ばまでトップランナーとして駆け抜けた。
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その時期には夜の銀座で放蕩を尽くし、しまいには二人の娘と妻をおいて、おしぼりで顔を拭いてくれる女給と「暗室」生活に入っていった。
当時のことを長女・中平まみは著作で回想する。
ものごころがついた頃、まみは写真を撮られることを強く意識するようになった。パパ(中平康)にカメラを向けられると、つい首を傾げたり表情をつくってしまう。そのたびに、パパはつまらなそうにカメラを下ろす。ついにパパは 写真をあまり撮らなくなった、と。
モダンボーイは人間の気取りや気遣いなど、微細な心のヒダから目をそらす。
被写体のそのような姿はカメラのフレームにおさめてはならない。なぜなら、万事が凄まじいスピードで前進しているモダン社会において、細かいことを気に病んで立ち止まることは世の中に取り残されること、つまりは社会的な死すらも意味するからだ。
逆に、思ったことをそのまま口に出し、常識に縛られずにやりたいことをやる、そんなモダンの新しい人間像を中平康は痛快に描いた。
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六三年『泥だらけの純情』、六四年『月曜日のユカ』をピークに、段々と中平の作風は時代から乖離しはじめる。
暗い現代への突入を予感してか、日活がアイドル映画から仁侠路線、そしてロマンポルノへと移行していった時期のことだ。 時代とのズレを意識しながらも、永遠のモダンボーイは前へ前へとあがき続ける。
「ヒッチコックだって賞なんかもらってやしない」と強がってはいたものの、親の地所を売って中平プロを立ち上げ『闇の中の魑魅魍魎』でカンヌ出品を狙うが、大島渚の『儀式』の前にやぶれさる。
最後の『変奏曲』は、オールヨーロッパロケ敢行を売りにしたアナクロな無国籍ロマンスだった。すでに進歩への懐疑や微細な人間心理描写こそがメインテーマとなっていた現代では、なぜ中平が『変奏曲』で執拗にデカダンスにこだわってみせるかが理解されなかった。
それは、どんなにかわいそうな映画を観ても決して泣かなかったという、死ぬまでモダンボーイであり続けようとした男が晩年に辿り着いた、あまりに痛々しい、悲哀に満ちたデカダンスであったからなのだ。
初出 : 「Studio Voice」