ミリキタニの猫 ①
- 作者: マサ・ヨシカワ(編著),ジミー・ツトム・ミリキタニ(画・文)
- 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
- 発売日: 2007/08/30
- メディア: 大型本
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若い女性とホームレスの出会い
2001年冬。アメリカはニューヨークのソーホー地区。
リンダ・ハッテンドーフはアパートに猫を飼っている美人の独身女性で、もう10年以上も映像制作の仕事に携わっていた。
数ブロック先に、彼女が毎日前を歩く、韓国系店主が経営する食料雑貨店があった。その店の主人の好意で、通りに面した果物や野菜を出しておく棚の前で、ジミー・ミニキタニ(81)は寝起きしていた。
彼はいつもそこで絵を描いていて、その絵を買わない限り施しも受けない、日系人のホームレスだった。彼はホームレスではなく、画家であり芸術家だと主張するのだから、彼にとっては当然のことだった。
ある雪の降る晩、リンダはお金を払う代わりにビデオカメラを回すことで、彼が描いた猫の絵を得ることができた。ジミーは「自分は猫を6歳のときから描いている」と言った。
それが猫好きの二人の出会いで、出会いはただの偶然だった。
リンダは何の目的もなしに、ジミーに頼まれるなかで何度かビデオカメラで彼の絵を撮り、話を聞くことを繰り返し、二人はちょっとした友人のような関係になった。
映画「ミリキタニの猫」
9/11を機に奇妙な共同生活へ
しかし、あの日は来た。2001年9月11日。
崩れ落ちるツインタワーの前で、安心なんか一瞬で消え去ることを誰もが知ったあのとき、ジミーはひっそりと静まりかえる路上で、それでもずっと絵を描いていた。
ジミーにとってツインタワーの崩落など、大したことではなかった。それは彼自身の数奇な運命をたどった過去と関係していた。
しかし、タワーが崩壊したその晩、ニューヨーク全体を、有害物質を含んだ埃とひどい空気が蔓延した。路上で生活するジミーのことが心配になったリンダは、思わず一線を越えてしまう。「うちにいらっしゃい」と声をかけ、彼を自宅へ入れたのだ。
リンダのアパート。
テレビではいつものように、世界貿易センタービル崩壊のニュースが流れている。アメリカの報復攻撃がはじまった。ジミーはリンダの猫とじゃれたり、歌を歌ったりしながら、毎日絵を描き続けた。ときどき、「No War!」とつぶやく。
彼は猫の他に、何度も何度も同じような絵を描いていた。それは彼の記憶の奥底に眠る風景だった。カリフォルニア州のツールレイク、そして故郷・広島の風景。広島には70年近く帰っていなかった。
ジミーとリンダはさながら、父と娘のような関係になっていった。朝食の後、ジミーに食事は大丈夫かと訊ねて、リンダは仕事へ出かけていく。
夜帰ってくると、ジミーはその日にやり遂げた「ワーク」をリンダに見せる。
何の連絡もなしにリンダが夜遅くなったときは、ジミーは食べ物も喉を通らないくらい心配し、帰って来たリンダに小言をいうといった具合だった。