シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

オイ・ビシクレッタ ②

johnfante2008-04-22


世界の中心広場


ロマンと妻のローゼ、5人の子どもたちは、パライーバ州にある「世界の中心広場」に立っていた。ここが、この途方もない旅生活の出発点となる場所だった。
無学で文盲、篤信的で頑固なロマンは、ローゼに看板の字を読んでもらい、それと確認した。
ブラジル北東部では、文字の読み書きができない人が50%近くもいるとも言われている。多くの人が、幼いときから働かねば生きていけない厳しい生活環境におかれている。


「おれは3200キロの旅をして、月給1000レアルの仕事につくぞ」
このとき、ロマンは自らを「運命の男」だと信じこもうとしていた。
「そうだ。途中でジュアゼイロにある聖地によって、守護聖人シセロ神父の像のまえで、旅の安全と希望がかなえられることを祈ろう」
サンタ・リタからリオまで行くならば、海岸線を南下するほうが早い。
しかし、ロマンは噂に聞く聖地を一度訪れて、シセロ神父の像に願掛けをしたかった。そこで、わざわざジュアゼイロを通る迂回路をいくことに決めた。


いざ出発


最初は誰もがご機嫌だった。川で体を洗い、野天でパンをかじる自由な生活。
しかし、一家は旅をしながらも、食べていかなくてはならなかった。
中途に露天のレストランがあれば、次男のクレヴィスがギターを弾き、妻のローゼが歌をうたって流しで小銭を稼いだ。
途中、パライーバ州パトスのガソリンスタンドで野宿をする。
長男のアントニオはこっそり寝床を抜け出して、スタンドのなかを徘徊し、父のロマンに叱られる。10代半ばの多感な時期にさしかかっているアントニオは、両親と衝突をくり返していた。


ロマンは「神が試練のために与えた子」と呼び、「男は小さい頃から働いて稼ぐのが一番だ」とアントニオに教える。ローゼも「父さんの言うことを聞きなさい」と言い聞かせる。
ようやく辿りついた町で、いきなりチンピラの手痛い洗礼を受ける長男のアントニオ。
ブラジルは犯罪が多いこともあり、自分の身は自分で守るという考えが定着。地方に行くほどその考えは強く、警察以上の力を持つ自衛団がいる町もある。
一家がやったのは空き家への不法侵入。特に空き家には他の町から流れてきたお尋ね者が潜んでいることがあり、持ち主は敏感になっていた。アントニオはチンピラにナイフで鼻を切られてしまった。



次の町へ


ロマン一家はよそ者に冷たい土地を離れて、次の町へむかった。パライーバ州サラベント。そこで彼らは、地元の名士で市会議員のサルガード夫妻と出会う。
「どうして自転車で旅をするんだ」
 とロマンはサルガード氏や旅先で人に聞かれると、こう答えることにしていた。
「職探しのために妻子を残してはいけません。おれにはシセロ神父への信仰があります」


旅の事情を知った夫妻は一家に部屋を提供し、ローゼはハンモック作りで日銭を稼ぎ、その間にロマンはトラック運転手の職を探した。
だが、あいにく仕事は見つからない。妻が働く間、ロマンが乳飲み子の面倒を見る。
平穏な居候生活も2ヶ月が過ぎようとした頃、次の町ジュアゼイロへ旅立つ決意をかためた。しかし、妻のローゼはこの町と人間を気に入って、サラベントで暮らしたがった。
「ローゼも稼いでいるし、ロマンの職だって家だってそのうち見つかるから」
そういって引き止めるサルガード夫妻の好意を、ロマンは「おれの誇りが許さない」と断ち切ってしまう。
「バカだ」とつぶやき、アントニオは逃げ出すが、ロマンに取り押さえられてしまう。
そうして、ふたたび自転車での旅にでるのだった。


聖地ジュアゼイロ


食料も底をつき、野宿生活も限界に達しつつあった頃、ようやくセアラ州のジュアゼイロ・ド・ノルチの街へ到着する一家。
そこは、毎日ブラジル全土から多くの巡礼者が訪問してくる街だった。
「子どもがお腹を空かせているのよ」というローゼの悲痛な叫びを尻目に、そびえ立つシセロ神父の像に祈りを捧げるロマン。
シセロ像は全長24メートル、世界で4番目に大きい彫像といわれる。
杖と像の隙間を、願いごとを唱えながら3回くぐると願いがかなうという(カソリックとブラジル北部の民間信仰が混合したものと思われる)。


シセロ神父は18世紀後半に、ジュアゼイロで伝道活動をしていた実在の神父。
当時、様々な奇跡を起してこの地の住民に熱く信奉された。教会本部では彼の奇跡を疑い、彼の聖職者としての活動を禁じたが、彼を支持する人々は増え続け、彼はジュアゼイロの市長やセアラ州副知事まで務めた。
ジュアゼイロで子どもを抱えたまま、物乞いをして歩くローゼ。
ロマンは訪れたシセロ神父の博物館で人だかりを目にする。「持ち上げれば神の恵みを受けられる」といわれる重厚なテーブルがあった。彼はそれを渾身の力を振り絞り、わずかに持ち上げたあとに倒れこんでしまう。
 その夜、ローゼにはじめて弱音を吐く。
「俺は家族も養えないで、男じゃない。愛想がつきないか?」
 ロマンは必ずリオにいき、1000リアルの仕事に就くと約束して、ふたたび旅路に出る。