シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

ロンリーハート ③

johnfante2007-12-20

ハネムーン・キラーズ [DVD]

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陰惨な殺人


レイモンドとマーサはすぐに西への旅に出かけた。今度は逃避行という形で。数週間後の2月、2人は41歳のデルフィーヌ・ダウニング(Delphine Downing)がライネルという2歳の娘と暮らす、ミシガン州の田舎町に姿を現した。
レイモンドは「チャールズ・マーティン」と名乗った。貿易で成功したビジネスマンで、特に子供好きという触れ込みだった。
それまでの被害者と比べると若くて美しい母親と娘に、詐欺師のレイモンドは夢中になった。滞在している間に、レイモンドとデルフィーヌは本当の夫婦のようになっていった。
ほとぼりが冷めるまで、このままこの場所で暮らすのもいい、とレイモンドは考えた。マーサが歯噛みして見ていることは考えないことにした。


ひと月ほど経った頃、レイモンドの正体がデルフィーヌにばれてしまう。カツラを外して頭頂の傷を鏡で覗き込んでいる姿を目撃されたのだ。
デルフィーヌは大騒ぎしたが、すんでのところでマーサが睡眠薬を飲ませて、無抵抗な状態にした。娘のライネルは泣き喚いた。マーサは娘の首を絞めて気を失わせた。
「何とかして。母親が起きたらきっと警察を呼ぶわよ」
今度はマーサがレイモンドを追い詰める番だった。彼女への愛の証を立ててほしい、と迫った。精神的に追い詰められて狂乱したレイモンドは、隣の部屋へ行き、死んだ旦那のピストルを取り出してきて、毛布でそれを包み、止むなくデルフィーヌを射殺した。
あわよくば捨ててしまおう、と考えていたマーサに、仕返しされた形となった。娘のライネルはその惨劇を2、3フィート離れたところから目撃していた。2人はデルフィーヌの死体を包んで地下に運び込んだ。マーサが殺人現場をきれいにしている間、レイモンドは死体を入れた穴をセメントを固めた。



映画「ハネムーン・キラーズ」より。こちらの方が実物に近い

捕り物劇


次の2日間は逃げるための計画を練った。2人の愛を確認したのはいいが、完全な泥沼状態だった。デルフィーヌの家には500ドルほどの現金しかなかった。
娘のライネルは黙ったまま、何も食べなかった。レイモンドとマーサは、ライネルにあれは仕方ないことだったと説き伏せた。だが、2人は話し合って、最終的には娘を処分するしかないと決めた。
「何とかしろ」と今度はレイモンドがマーサに命じた。マーサは深みにはまっていた。既にいくつかの殺人扶助と1ダース以上の詐欺と窃盗に関わっていた。それに帰る場所もない。
レイモンドへの愛を貫き、いつか2人だけで静かに暮らすためには邪魔物を排除しなくてはならない。マーサは少女を風呂桶に沈め、動かなくなるまで押さえつけた。そして死体を母と同様に地下室に埋めた。


すべての始末を済ませた。デルフィーヌの家で荷造りをはじめた。ドアをノックする音がして、レイモンドが開けると2人の警官が立っていた。不審に思った近所の住人が警察に通報したのだった。そこへジャネットの件で「ロンリーハート事件」を捜査をしていたエドワード・ロビンソン刑事が合流し、2人の逮捕へとつながった。
問題はミシガン州に死刑がないことだった。
レイモンドとマーサは他州に引き渡さないとの検察の約束を信じて自白した。だが、自白内容が報じられると、その残虐さに世論は沸いた。49年2月28日。レイモンドはミシガン州の州警察で自白した。「俺はただの殺人犯じゃないぞ」とレイモンドは言い、精神異常を勝ち取るために、異常な性行為の数々と余罪である警官殺しを自白した。それは長々と73ページにわたる自白書に記録され、彼はそれにサインした。


The Lonely Hearts Killers

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全米一有名なカップ


しかし、彼は順調に結婚詐欺を重ねていて、おもしろおかしく暮らしていたのが、どこから調子が狂ったのか良く分からなかった。今では愛するマーサと一時でも離れているのが辛かった。
電気椅子だけは怖いわ」とマーサは調査官に本音を漏らした。だが真実をいうならば、レイモンドが6年後に仮釈放をもらえるという約束の上で、検察に協力することに同意した。
レイモンドが自由になるのであれば、何でもするつもりであった。最後にはニューヨーク州知事が犯人の引き渡しを要求。2人はニューヨークで起訴された。この極悪非道なカップルが死刑を免れる手はなかったのだ。


ロンリーハート・キラーは全米の新聞のヘッドラインを独占した。アメリカのもっとも非人間的なカップルとして衆目を集めた。特にマーサは惨忍な太った女として、悪魔のような存在として書きたてられた。
49年7月11日。レイモンドは証人台に立った。「私のすべての証言は、マーサを助けるためにしたものです」と彼は穏やかに言った。「私は彼女を愛しています。それは愛以外の他の何もでもありえませんでした」と。
検察官のエドワード・ロビンソンはジェーン・トンプソン、マートル・ヤング、デルフィーヌ・ダウニング、ライネル・ダウニング殺しに関して、レイモンドの証言を元に、物証をかき集めた。
7月25日。ついにマーサが証言台に上がった。彼女は灰色と白のサマードレスを着ていた。注目されるのは、レイモンドへの愛を諦めてすべてを話すか。それとも、彼女自身が殺人のすべての責任をとるか、だった。無論、マーサは後者を選んだ。


エピローグ


1951年3月8日。電気椅子に座る2時間前、レイモンドはマーサが送ってくれたメモへ返事を書いた。殺し文句が得意だった彼は、最後の最後に本心からのラブレターを書いた
「マーサ。俺が本当に愛した女は、お前だけだった」
独房でそれを読んだマーサは、顔を輝かせて言った。
「これで私も、喜んで死ぬことができます」


それはマーサが破局と惨劇の末に勝ち取った、愛の証しだった。マーサはレイモンドとの関係において破綻し、人生を台無しにし、裁判にも負けて死刑となった。だが、ついには、絶対に失うことのない永遠の愛を手に入れたのだった。レイモンドと自分の死によって。
レイモンドの死刑が執行された後、マーサは廊下を処刑部屋へ向かっていた。彼女は「ああ」と呻き声をあげてから、「愛しいあの人の臭いがする」と、映画のなかのサルマ・ハエックのように果たして言ったのかどうか。