グリズリーマン②

johnfante2006-06-24


アラスカで


 ティモシーは賛否両論の分かれる環境保護活動家であったが、クマの愛好家としては一流であったといっていい。
 彼が残した13回の夏をアラスカの国立公園で過ごしたドキュメンタリー映像は、ほとんど奇跡としかいいようのない、美しい場面をいくつも保存している。
 映画『Grizzly Man』のなかで、監督のヘルツォークは語る。
「映像作家としては素人でしかないティモシーが、偶然とらえた映像が、ときどきプロの映画人がどんなに望んでも作為的には得られない、奇跡のように素晴らしい瞬間があるのだ」と。

 こんな場面がある。
 ティモシーがキャンプをするテントに、キタキツネが出没する。
 彼はキタキツネを撫で、「なんてかわいんだ、愛しているよ」といいながら、思わず泣いてしまう。
 しかし、その後でいたずらなキタキツネが彼の帽子をくわえて持っていってしまう。彼は本気で怒るのだが、キタキツネは自分の巣穴に逃げこんでしまう。彼ならではの優しさにあふれる映像である。
 また、身長3メートルもあるグリズリー2匹が、河辺で延々と相撲をとるシーンは、この映画のなかでも最も秀逸で、緊張感にあふれる記録映像となっている。


 ある学者は、「トレッドウェルは熊になりたがっていた。彼は熊に対してスピリチュアルな、ほとんどエクスタシーにちかいものを感じていたようだ」と言っている。
 たしかに、記録映像のなかでも、熊と自然を愛するあまり、人間社会や文明に対して批判を延々としゃべりだす場面がいくつかある。
 また、多くのシーンがグリズリーを背景に、ティモシーが彼らの生活や生態について解説をするショットなのだが、突然オーストラリアなまりで話したり、アル中であったところを救ってくれたのがクマだったと自身の経験を力説するなど、俳優志望であったせいか非常に出たがりな面もあったようだ。
 なおかつ、演出にもこだわったようで、同じテイクを何度も何度も撮り直している様子も記録に残っている。

2003年に起きた悲劇


 2003年8月10日。アラスカ州の国立公園局は、ティモシー・トレッドウェル(46)と、ガールフレンドのAmie Huguenard(37)が殺されて、カフリア湾(アンカレッジのおよそ300マイルの南西)の近くで、グリズリーによって部分的に食べられた姿で見つかったと発表した。
 アラスカヒグマを研究する科学者は、かねてより彼らに対して、巨大なグリズリーとの接触には慎重であるべきだと警告していた。
 ティモシーは銃を持つことと、クマ研究家がふつうするように、キャンプ場の周囲を電流を流したフェンスで取り囲むことをしなかった。そして、以前は携帯していた自己防衛のためのクマスプレーさえ、近年は所持することやめていたという。

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