シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

夢十夜 ②

johnfante2008-06-19

ユメ十夜 [DVD]

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新聞連載のかげで


漱石が『夢十夜』を書いた四一歳の年は、朝日新聞の雇われ小説家でした。
文鳥』『夢十夜』を書いた後に、新聞連載の『三四郎』を書く日々が翌年まで続きます。


近代的な長編小説をサラリーマン作家として、生活費を稼ぐために書くという長く苦しい作業の前に、作家としての想像力を自由に広げて、伸び伸びと書いたのが『夢十夜』なのだと思います。
ですから、伝奇的な話もあれば、寓話風もあり、コント風もあり、まさに夢を題材にしたものもある、小品の寄せ集めになっています。


夢のロジック


私見では、もっとも夢に近いロジックで書かれているのは「第七夜」ではないか、と思います。
異人と乗り合わせていることから、外国へ行くか帰るときかの船上の場景であるのでしょう。
ここには夢ならではの場面のすっ飛ばし、逸脱、時間の飛躍、連想、理由のない思い込みが、自由に取り入れられています。


たとえば、「焼け火箸のような太陽」が出ては沈んでいく、漫画のような時間経過の仕方。
「ある時」「ある晩」「或時」で切り替わっていく場面の唐突な転換の仕方。
「いつ陸に上がれるか分らない」という夢ならではの追われるような切迫感もあります。
「こんな船にいるより一層身を投げて死んでしまう」という非理性的な思い込みも夢ならではのものです。


異人に「星も海もみんな神の作ったものだ、神を信仰するか」と問われ、自分は黙ってしまいます。
江藤淳であれば、ここに西洋のような神を持たない明治の日本人の痛切さを読み取るでしょうか。
いよいよ、最後に自分は海の中へ飛び込みます。
しかし、海面へ落ちるまでの時間がスローモーションになり、色々な考えが頭をよぎっていくところも、いかにも夢を散文化したもののように思えます。