シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『こころ』 夏目漱石 ②

johnfante2009-02-10

こころ (まんがで読破)

こころ (まんがで読破)


新聞小説


こゝろ』のミステリー小説的な風合いは、これが新聞小説として書かれたこととも関連する。
小説は百十の節からなるが、一節が新聞連載一回分として書かれた。
一節一節は起承転結でまとめられ、最後に一つの謎かけがなされて終わることが多い。


「上」の五節終わりでは、先生が毎月友達の墓詣りに行くという謎が提示され、六節の終わりでは、ある理由から人とそのお墓詣りに行きたくなく、妻とさえ行ったことがない、という新たなるミステリーが仕掛けられる。
また、明治天皇の病気やその死、乃木大将の殉死といった歴史的事件が複線として周到にはりめぐされ、先生の過去の謎とともに、「下 先生と遺書」における告白ですべてが解明するところまで、読者は一気になだれ込むしかない。


構成上の破綻


江藤淳による評伝『漱石とその時代 第五部』の「欧州大動乱」によれば、もともと漱石は新聞紙上で何本かの短編を書いていき、それを一本にまとめるつもりだった。
そして最初に書き出したのが「先生の遺書」という短編だったが、これをそのまま百十回にわたって書き終えてしまった。それが現在の『こゝろ』という小説になっている。
新聞連載小説であったためか、一節一節は次回が気になり、次を読みたくなるような終わり方になっているが、一本の長編小説として全体を見たときには構成的な破綻もなくはない。



たとえば、「中 両親と私」の章の最後で、私は先生の遺書の冒頭を読んで彼が自死した可能性を知ると、危篤の父親をおいて東京行きの汽車に乗ってしまう。
その後「下 先生の遺書」の章に入ってしまうと、私が遺書を汽車で読んでいるのか、はたして先生は死んでしまったのか、父親はどうなったのか、という読者の疑念と裏腹に、先生の告白が続けられるばかりである。
とはいっても、見かけ上の破綻あるが、「上」「中」の章で仕掛けられた最大の謎、つまり先生の過去に何があったかのミステリーが解決されればいい、ということなのであろう。


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