アレクサンドル・ソクーロフ DVD-BOX (孤独な声/日陽はしづかに発酵し…/ファザー、サン)
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2006/08/26
- メディア: DVD
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上は『ファザー、サン』を収録したDVD−BOX
右は12月20日公開のソクーロフの新作『チェチェンへ アレクサンドラの旅』
注目が集まるチェチェン
今年はチェチェン関連の映画が3本公開された。
『12人の怒れる男』のニキータ・ミハルコフは、育ての親を惨殺したチェチェン人の少年が、多民族による陪審員によって救われる様を描いた。
これはプーチンの支配下でどんどんとファシズム化していくなかで、ロシアの他民族性に未来への可能性を賭けようと提案している映画だ。
最後に真犯人への推理が出てくるが、これはロシアのFSBを暗示しており、さらには、ドゥブフロカ劇場占拠事件やベスラン学校占拠事件がFSBの画策ではないかと暗示している衝撃作だ。
『懺悔』予告編
『アレクサンドラの旅』と同日に公開されるテンギス・アブラゼの『懺悔』(1984)はグルジア映画だが、スターリン政権下でチェチェン人の強制移住を行ったラヴレンチー・ベリヤをモデルにした寓話的な物語。
スターリンもベリヤもグルジア人だが、同国人を含めコーカサスの先住民族や少数民族の恐ろしさを知っており、徹底的に粛清したトラウマがこのような映画をつくらせているのだろう。
アレクサンドラの旅
国際的なオペラ歌手ガリーナ・ビジネフスカヤは、ソクーロフの前作『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』で妻としてドキュメンタリーに出演していた。
そして、昨年の日本公開直前にロストロポーヴィチが亡くなったことは記憶に新しい。
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』は、そのガリーナが演じる祖母が職業軍人である孫を、チェチェンのロシア軍の駐屯地まで慰問に出かける物語である。
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』予告編
映画のなかですばらしいのは、なんといってもアレクサンドラの歩行だろう。足と腰が悪いのか、グルズヌイ(チェチェン)の駐屯地をよたよたと歩きまわる。
そのゆったりとした歩行のリズムを基調として、映画は「戦場における日常」を描いている。
たとえば、朝になって孫の大尉デニスが、普通に仕事へでかけるようにチェチェン独立派を駆逐しに戦車で出かけて行く。
戦火は遠い山の尾根に見えるだけで、対照的にアレクサンドラは市場へ買物へ出かけるといった具合だ。
アレクサンドラがチェチェンに到着するシーンで、グルズヌイのバラックのような市場と隣り合わせの駐屯地を見せるカットがいい。
実際にロシア軍に街を破壊されたチェチェン人は、ロシア人相手に商売するために市場をつくっているのだろう。
空爆で破壊された建物に住むチェチェン人のマリカが、仇敵でも歓迎しなくてはならないというコーカサスの人ならではの「歓待の精神」でアレクサンドラを助けるところも痒いところに手が届いている感じだ。
ジャック・デリダが『歓待について』のなかで、名前もきかず無条件に客人を受け入れる「絶対的な歓待」について書いていたが、チェチェン人をはじめとするカフカース地方の人々には、もしかしたらそれがあるのかもしれない。
ソクーロフと軍隊
ソクーロフはしばしばソビエトやロシアの軍隊の内幕を描いてきた。
『精神の声』(1990)は6時間半のドキュメンタリーで、タジキスタンの内戦に出兵したロシア兵の日常を描いた。撮影後、兵士はほとんど戦死しまったという逸話が残っている。
また、『ファザー、サン』では軍隊を退役した父と、軍人学校に通う息子を描いた。この映画は濃密な男性同士の肉体の映像から幕を開けている。
ソクーロフ自身が職業軍人の息子で、1951年にイルクーツクで生まれ、ポーランドに住んだりと転々としていた。
『ファザー、サン』の衝撃のオープニグを見よ!
ソクーロフが同性愛者であることは有名な話だから、ここではくり返さない。
映画のなかで、アレクサンドラが列車から降りたときに、手をつなぐチェチェン人らしき男性カップルを見る場景がある。
これは後にアレクサンドラの夢にも出てくるのだが、こういうカットもソクーロフならではのものだ。
これは同性愛といよりは、人々の共存の方を象徴しているのだと思われるが。
また、軍隊生活を送る20歳そこそこの兵士たちの上半身裸の美しいからだにも目がいってしまう。『ファザー、サン』の最初の濃密な肉体のシーンを思いだしてしまうからだ。
ロシアとチェチェン
ソクーロフとチェチェンの関係であるが、彼はあくまでもロシア側からの視点で撮りきっている。
ソクーロフは1951年にバイカル湖近くのイルクーツクで生まれた。
この時期、バイカル-アムール鉄道の建設が進められており、日本人のシベリア抑留者も強制労働で多くが死んでいる。
イルクーツクの街中の建設作業も、シベリアのラーゲリにいた囚人や抑留者が使われたという。意外とこの辺に、ソクーロフと日本文化との接点があるのかもしれない。
1944年には、スターリンによるチェチェン人の強制移住があった。
チェチェン人はカザフスタンやシベリアへ送られ、民族の1/4〜1/3が虐殺されたというのだからすさまじい。
もしソクーロフに会うことがあったら、幼少の頃にコーカサス系の人々を見かけたことがなかったか、訊ねてみたい。
ところで、ロシアには『コーカサスの金色の雲』という小説があり、これはチェチェン人をテロリストとして描いていた。
映画版は、実際にカザフに強制移住させられた監督マミーロフが『金色の雲は宿った』(1989)を撮っている。こ
れは反対にチェチェン人への虐待を描いていた。
読み比べ見比べてみたら、ロシアとチェチェンの間に横たわる問題の何かが見えてくるかもしれない。
- 作者: アナトーリイ・イグナーチエヴィチプリスターフキン,三浦みどり
- 出版社/メーカー: 群像社
- 発売日: 1995/06
- メディア: 単行本
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