シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『人生の道〜ミリオナリオとジョゼ・リコ』

johnfante2010-05-24



来日中のネルソン・ペレイラ・ドス・サントスの映画『人生の道〜ミリオナリオとジョゼ・リコ』(81)を観た。
実在するフォーク・デュオ、ミリオナリオとジョゼ・リコが成功するまでの過程を、本人たちの音楽を使い、本人たちが出演している。
この2人のずっこけぶりが素晴らしく、文句なしに楽しめる「民衆音楽映画」なのだが、その裏に込められた寓意もなかなかに深い。


この映画が公開された81年というのは、長きにわたるブラジル軍事政権の支配から解放的な政策が進められた頃で、その明るい兆しが見え始めた時代のムードを映画は反映している。
国外追放されていたカエターノ・ヴェローゾらが、帰国を認められたのも、この頃のことである。
ドス・サントスが映画のなかで強調するのは、ミリオナリオ(百万長者)とジョゼ・リコ(裕福)という彼らの芸名である。
ブラジル人が抑圧的な軍事政権の支配のなかで、金銭というものの価値ばかりを追うしかなくなった姿の一つの象徴として見ることもできるだろう。



何度も演奏されるミリオナリオとジョゼ・リコの音楽は、異性への愛情や故郷への情を歌った、社会的にはあたり触りのない歌詞である。
70年代の「ブラジルの奇跡」によって経済成長を成し遂げたブラジルは、貧富の差が激しい格差社会になっていた。
ドス・サントスは故郷や大地と切り離され、灰色の都会で労働を続ける人々の映像を短いカットで繋ぎながら、ミリオナリオとジョゼ・リコの朗々と歌いあげる曲をかぶせる。
いわば対位法的な曲の使い方なのだが、このことによって故郷から切り離された民衆の心を表現すると共に、軍事政権下において遂行された近代化と経済成長に対して、最大限の皮肉を表明しているようである。