シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

キューブリックになった男③

johnfante2006-11-14



右はアラン・コンウェイ本人と思われる写真



スタンリーと呼んで


トーキーで避暑をしている間に、歌手のジョー・ロングソーンはコンウェイというか、「キューブリック」と呼ばれる男に出会った。
ジョー・ロングソーンはそのときの逸話について話たがらない。
が、彼の代理人の話によれば、キューブリックはジョーのことをスターにしようとしていた。
ジョーは「キューブリック」を王様のようにもてなした。
彼のために最高級のホテルも用意した。その見返りに「キューブリック」は、ジョーを次の映画で出演させると言ったらしい。
歴史上、もっとも人前に出ることを嫌がった映画監督が、どうしてデボンのキャバレーでスカウトなんかしていたのか、ジョーは疑問に思わなかったのだろうか。
いずれにせよ、ワーナー・ブラザーズを通して、スタンリー・キューブリックが英国のリビエラ海岸の近くには滞在していないという事実を知り、ジョーの大げさな歓待は1週で終わりをつげた。


ジョー・ロングソーンはもっともお金を注ぎ込んだ被害者であった。
しかし、典型的なだまされ方といえば、フランク・リッチの場合の方がわかりやすい。
演劇評論家である。
レストランで、リッチと友人は酒に酔ったコンウェイを自分たちのテーブルへ誘った。
コンウェイはファーガス卿と一緒だった。
二人の同性愛者っぽい若い男たちを連れていた。
キューブリックは3回も結婚しているのに、どうして同性愛者なのか、とリッチたちは訝った。
だが、「そういえば誰もが、『2001年宇宙の旅』のハル・コンピュータは嫉妬にくるった、同性愛者の恋人のように振舞うと思っているよな」とリッチは考え直した。
独占インタビューができると思い込んだジャーナリストたちは、がっかりさせられる結果になった。
ワーナーに確認したところ、その男は詐称者であるとのことだった。 



ある人たちなどは、偽者のキューブリックに完全に騙され、ワーナーに偽者だと言われても信じようとしなかった。
そこで彼らは本物のキューブリックの弁護士に連絡し、いま一度、キューブリックが髭を剃っておらず、ロンドンのレストランで食事を摂る習慣がないことを確かめざるを得なかった。
弁護士はキューブリック自身に、彼の分身が徘徊していることを話した。
キューブリックは明らかに、そのアイデアをおもしろいと思ったようである。


コンウェイのその後


家へ帰っても、コンウェイは現実の自分と虚構の自分の見分けがつかなくなっていた。
息子が、それを自分で作り出したファンタジーだと指摘しても、コンウェイは息子のことを嘘つきだと思うだけだった。
後にコンウェイは次のように語った。
彼は「キューブリック」として、ニューヨークとリオを旅したというのだ。
息子のマーティンは、それが実際に起こったことなのか、彼の想像の産物なのか区別がつかないという。


1995年、コンウェイは小修道院へ入ることになった。
アルコール中毒の治療のためにである。
それ以降、彼は酒を二度と飲まないようになり、アルコール中毒者自主治療協会(AA)の献身的なメンバーにさえなった。
協会の信条のひとつは、メンバーはお互いに正直であらねばならない、というものである。
これを進めていく過程で、メンバーは自分自身の人生を伝記のように語ることを求められる。
ある日、息子のマーティンはAAの日記を偶然発見した。
そこにはハロウでの旅行代理店で働いていた実人生から、遠く離れたまったく別の人生の物語が書かれていた。
それによれば、コンウェイケイマン諸島でビジネスをしていたとなっていた。
アルコール中毒のせいではなく、生まれつき虚言癖があったようだ。


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コンウェイの生前の遺志により、3万ポンドをある友人へ、5千ポンドを他の友人へ、残りを息子へ残した。
ただし、問題はコンウェイが文無しで死んだことであった。
コンウェイの元友人で、キューブリックだと騙されていた男は、コンウェイに3万ドルを貸していた。
つまり、それはコンウェイのふざけた遺志であったのだ。
息子のマーティンはその他にも、アメリカン・エクスプレスの別名での未払請求書や、バークレー・カードやその他の会社の未払請求書も発見した。
それは何千ポンドにも達していた。
電話代の請求に、879ポンドという高額のものがあり、それはゲイのテレクラ会社からであった。


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コンウェイの死因は心臓血栓症であった。
まず最初、警察は彼の首にある不可解なあざのことを疑った。
実際は何でもなかった。
たとえ何かが起こったにせよ、それは孤独な死であったに違いない。
父が死んだとき、息子のマーティンはコンウェイと一緒に暮らしていたのだが、彼を看取ることができなかった。
父親のことを思い出だすと、いまだに心の動揺と憤慨を覚えるという。
それでも、死んでしまって寂しいという。
コンウェイが死んだあと間もなく、息子はロンドンのフラットへ戻って、留守番電話のメッセージを聞いた。
「やあ、スタンリー」と、脅すような声が入っていた。
「今度こそ、お前をつかまえてやるからな、今度こそ、絶対に」
しかし、現実には、もう誰も「キューブリック」を捕まえることはできないのである。


参考 : Guardian (1999/3/14記事)など





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