シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

狼たちの午後 ②

johnfante2008-01-06

狼たちの午後 スペシャル・エディション [DVD]

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※犯人はゲイの恋人アーネスト・アロン(右写真)の性転換手術のために銀行を襲った

立てこもり


銀行の入口の前。警官隊、テレビカメラ、群衆が見守るなかで、市警の刑事と人質のシャーリーを連れたジョンとの話し合いが進められた。ジョンが刑事の説得に応じる様子はなかった。興奮したジョンは、銃を構えた警官隊に「下がれ、下がれ、銃を下ろせ」とわめきちらした。
警官たちは言いなりになるしかなかった。調子に乗ったジョンが、「思い出せ、アッティカを。アッティカを!」と叫びだすと、群衆のなかから大きな拍手が沸き起こった。


そのちょうど1年前の71年8月22日に、アッティカ刑務所で劣悪な待遇に怒った囚人200人による暴動が起きていた。
最終的には軍隊が突入し、人質10人と囚人29人の死者39人を出して鎮圧されたが、死者はいずれも、政府側のダムダム弾等による銃撃によるものだった。政府の対応が批判されたことが、まだ記憶に新しい時期だった。


衆人環視のなかで


テレビカメラがまわり、群衆が見守るなかでは、警官隊もジョンを射殺することはできない。さらに、なかでは若きサルバドールが、人質の前で銃を構えている。入口の前で新聞記者の質問に答えたシャーリーは、刑事に静止されるが自発的に行内へ戻っていく。
ジョンも銀行の電話を通じて、テレビ局からのインタビューに答えた。その映像がテレビで流された。報道陣にかこまれ、衆人の目が光る不自由な条件のなかで、市警の刑事側の必死の説得が行われた。


だが、時間は無駄に流れていった。犯人の言いなりにばかりなる警察側の間抜けさが目立ち、テレビ報道のインタビューに応えて犯人がメディアに露出するという状況のなかで、次第にジョンとサルは群衆や視聴者から英雄視されていった。




狼たちの午後」予告編


犯人の要求


そんななかで、刑事とジョンの間でようやく取引が成立しそうであった。警察側がヘリコプターかバスを用意し、ジョンたちを空港まで連れて行く。そして、ジェット機で海外へ逃亡させれば、要求に応えるごとに、1人ずつ人質を解放するというのだった。
周りがどっぷり夕闇につかった頃、銀行内では犯人と人質たちとの間に奇妙な連帯感のようなものが芽ばえていた。


警察の手によってビルのエアコンが止められたため、銀行のなかにいる人間は汗まみれであった。そんななか、ジョンの要求により、食べ物と飲み物の差し入れが行内へ持ち込まれたジョンはサルに「海外へ行くから、必要な知り合いに電話をかけておくように」と指示をした。
そして、自分も最後の別れを言うために、妻のアーネスト・アロン(Ernest Aron)を銀行の前へ連れてくるように、と警察へ要求した。


犯人の動機


ジョン・ウォトヴィッツは、1967年に、最初の妻のカルメンと結婚していた。彼女との間に2人の子供ができたが、1969年に離婚してしまった。
事件の1年前の71年に、ジョンはニューヨーク市のイタリア市場で、アーネスト・アロンという男性と知り合った。ジョンとアーネストは、ローマ・カトリック教会の式典により、グリニッジ・ヴィリッジで71年12月4日に結婚した(アメリカで同性結婚の登録が開始されたのは、04年 5月17日であるから、法的には婚約者であったのだろう)。
しかし、2人の蜜月は長くなかった。


アーネストは性同一性障害に悩まされており、性転換手術の費用が捻出できないために、何度も自殺を試みるようになった。ジョンは8月19日のアーネストの誕生日のために、何とか手術代を手に入れようと立ちまわったが、金をつくることができなかった。
事件の2日前の8月20日、アーネストは再び自殺を試みた。その翌日の8月21日、ジョンはアーネストを病院の精神科へ連れていった。医者は「彼の性的アイデンティティがはっきりするまで、治癒することはないだろう」と否定的な見解を述べた。


つまり、アーネストの同性愛を矯正するか、性転換手術を受けて女性になるまで、どうにもならないという。ジョンは妻の性転換手術のために、銀行強盗を試みたのだった。後にジョンは「本当の愛のために(銀行強盗を)やった」と告白している。


狼たちの午後 (1976年) (Hayakawa novels)

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