シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

パラサイトの脅威 ③

johnfante2009-09-15

象皮病


メリーアン・ペリーは、人道援助団体で働く美しい女性だ。ケニアで任務についてから4年たったころ、彼女は右足の異常に気付いた。
英国に戻る飛行機の中でふと足を見ると、指はソーセージのようで、足全体が晴れ上がっていたのだ。
一緒にいた友人は、彼女の足のあまりの変形ぶりに笑ってしまったそうだ。だが、笑い事では済まされなかった。
彼女の足は、その後もむくむ一方。医師にもその原因はわからず、彼女は検査のために入院しなければならなくなった。


6ヶ月後に出た最終診断は、血流の中に小さな寄生虫が入り込んでいるというものだった。症状が進行すると、象皮病と呼ばれる病気に発展し、脚全体が大きく膨張してしまう。
全世界で少なくとも2億人がこの寄生虫に感染し、被害者は病気そのものだけでなく、不当な差別にも苦しんでいる。この病気の患者の多いアフリカでは、象皮病患者は呪われていると思われているからだ。


この病気の原因は蚊が媒介する寄生虫で、メリーアンはフィラリアの幼虫を運ぶ蚊に刺されたのだった。
数年にわたり、彼女は何度も蚊に刺されて感染した。体内に入った幼虫は老廃物を運び出すリンパ管の中で成長し、リンパ液の流れを阻害する。
リンパ液がたまると患部は象の皮膚のように厚くなり、象皮病を発症するという仕組みだ。
まだこの病気の治療法は確立されておらず、メリーアンが受けている薬物療法も確実とはいえない。メリーアンは、語る。
寄生虫がすぐにも死んで、これ以上症状が進行しないことを祈るばかりです。悪化する可能性はなるべく考えないようにしています。どうしても落ち込んでしまいますから・・・」と。


※ 象皮病あるいは象皮症とは主としてバンクロフト糸状虫などのヒトを宿主とするリンパ管・リンパ節寄生性のフィラリア類が寄生することによる後遺症の一つ。身体の末梢部の皮膚や皮下組織の結合組織が著しく増殖して硬化し、ゾウの皮膚状の様相を呈するため、この名で呼ばれる。陰嚢、上腕、陰茎、外陰部、乳房などで発症しやすい。


一生の付き合い


トーマス・アクーダスは、ロンドンで活躍している若き投資銀行家だ。7年前、彼は危うく一生を1匹の寄生虫にだいなしにされるところだった。


ある朝目覚めたトーマスは、なぜか自分の唇が切れているのを発見する。その後も顔にアザや傷ができていることが続いたトーマスは、誰かが自分に暴行を加えているのか?と思ったりしたという。
その頃からトーマスの父親は、息子の異状の記録を取り始めたノートが残っている。
「記憶力の低下を心配している様子」
「12月29日、朝から忘れっぽい。夕方には回復」
「昨晩発作を起こしたと思われる」
気付いたら病院にいたこともあり、発作のようなものを起こしていたようだというトーマス。医者にかかった彼は、てんかんの治療を受けたが、その後も発作は続いた。


ある日、町に出かけたトーマスは、帰り方が分からなくなってパニックにおちいる。
どうやって町まで来たのかどうしても思い出せなかった彼は、両親に電話をかけようとした。だが・・・なんと今度は電話番号が思い出せなくなっているのに気付いたのだった。
この出来事を境に、トーマスの家族が本気で心配しだした。トーマスはオックスフォードの病院に入院し、検査の結果、脳に異物が発見されたのだった。



「君の脳に異物が発見されたと告げられたときは、大きなショックを受けました。深刻なのは医者じゃなくても分かります」と語るトーマス。
担当のボーイング医師は検査手術が必要と判断。選択肢は2通りあり、患部を含む脳組織を開頭手術で切除するか、よりダメージの少ない生検法を行うか。
いずれにしても難しい手術であることは確かなようだった。


いよいよ手術の時が来た。手術室に向かうとき、トーマスはこれで最後かもしれないと思い、20年の人生を振り返ったのを覚えているという。
「いろいろな感情がこみ上げて来て、辛かったですね」と語るトーマス。
しかし、手術直前、ボーイング医師ははっと思い当たり、トーマスに質問したのだ。
「外国旅行をしたことはあるか?」
「??」
大手術の前になんて突拍子もない質問だろうと思ったと言うトーマス。
「そして僕が「ネパールに行きました」と答えると、先生は何かひらめいた様子でした」


ボーイング医師にとってこの一言が決定的な手がかりとなった。ネパールはユウコウジョウチュウの感染者が多い国。
ユウコウジョウチュウ(有鉤条虫)はブタを宿主とするが、人間に感染すると血流に乗って嚢虫が脳に至ることもある。
しかも、ネパール旅行は3年前のことで、まさかそれが病気に関係しているとは思いもよらないことだった。
結局、トーマスは幸運にも危険な手術の必要がなくなり、抗寄生虫薬の投与で全快した。
しかし・・・嚢虫は今も彼の脳の中にいる。
「一種の休眠状態で、まだ頭の中にいるので一生涯を共にしなければなりません」 トーマスはそう言って苦笑いした。


※ 条虫感染症
豚の筋肉(赤身の部分)は、人を固有宿主としている有鉤条虫の幼虫(有鉤嚢虫)の寄生部位であり、生食すると感染する恐れがある。有鉤嚢虫は、眼球・脳などにも寄生することがあり、時に重篤な症状を呈することがある。
日本では、沖縄を除いて有鉤条虫は分布していないとされ発症例は1935年以降確認されていないとしているが、近年は感染例が増加傾向にあり、海外での感染や、輸入された豚が有鉤嚢虫に感染している事が原因と考えられている。
このような理由から、豚肉は十分に火を通してから食べる必要がある。