シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

『誰も読まない』 島本達夫

johnfante2010-08-02

だれも読まない―大正・昭和文学瞥見

だれも読まない―大正・昭和文学瞥見

日本のマイナー文学


詩人の正津勉が監修し、白山書房の編集者である島本達夫が編著した『誰も読まない―大正・昭和日本文学瞥見』が上梓された。
大変な労作である。著者の島本さんは「山の本」という雑誌の編集者で知られる人だが、本業は内科医であるという。
それにしても本書を手に取ったとき、『誰も読まない』とは何という書名であろうと驚いたが、読んでみると、なるほどその通りの内容である。
中島敦の「山月記」、坂口安吾の「桜の森の満開の下」でくらいは誰でも読んでいるだろうが、黒島伝冶「渦巻ける烏の群」や石上玄一郎「クラーク氏の機械」となると、タイトルくらいは知っていても、なかなか読んだことのある人も少ないだろう。


http://www.bk1.jp/product/03303220


本書『誰も読まない』は、そのようにあまり読まれることのない大正・昭和期の日本文学に光を当てて、本文を交えながら解説を加えていくという入門書の側面を持っている。
それと同時に、或る年代の日本の知識人であれば持っていた漢文・古文の素養を十分に駆使し、それに豊富な歴史的調査と時代考証を交えて、文学テクストを立体的に浮かび上がらせる。
そのような観点では、中国の説話を扱った「山月記」と飛鳥時代を扱った折口信夫の「死者の書」の読解には追随を許さないものがある。


文学は解剖できるか?


しかし、本書を本当の意味でユニークにしているのは、著者が持っている広範な医学的知識が文学テクストの読解に十二分に応用されているからであろう。
藤枝静男山田風太郎加賀乙彦岡井隆など医師出身で、詩歌や小説の書き手は枚挙にいとまがない。しかし、本物の医師による文学研究というか「文学解剖の書」というのは多くないだろう。
そのメスさばきが遺憾なく発揮されるのは、高橋たか子の「ロンリー・ウーマン」のなかに分裂病質性人格障害という性格を同定するときである。
あるいは、石川淳の「山桜」に悪夢障害と譫妄症という聞きなれない病名を突き止め、河野多恵子の「幼児狩り」をパラフィリアと診断するときである。


そのような意味では、本書は文学テクストを理知的に、可能な限り徹底的に診断し尽した評論集である。
しかし、その冷たいメスさばきの向こう側に、ここまでの情熱を持って、己れの持つ医術を文学テクストに対して存分に振るってみたいと渇望する生身の人間の姿を、私は透かし見てしまうのだ。
さて、皆さんは本書をどう読まれるであろうか。問題作であるので、是非手にとってみてほしい。
蛇足ではあるが、筆者も「誰も読まない」文学を読んでみて、小文を二編寄せているので合わせて読んで頂きたい。



山の本 第71巻