シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

風を踏む 小説「日本アルプス縦断記」

johnfante2013-01-14

風を踏む―小説『日本アルプス縦断記』


雪山の遭難事故の新聞記事を読むたびに、「そこまでして山に登る魅力はなんだろう」と思う。そんなときに、今年初めての小説『風を踏む 小説「日本アルプス縦断記』を読んで、多少なりとも合点がいったような気がする。
詩人の正津勉さんの最近の仕事は、『小説 尾形亀之助―窮死詩人伝 』や『河童芋銭 小説小川芋銭』など、小説作品がおもしろいと思っている。どちらかといえば、公の歴史からこぼれ落ちかけている芸術家や物書きをとりあげ、研究書ではなく、作者の想像力を補った上で「小説化」されているので、とても読みやすい。


日本アルプス縦断記」は、およそ100年前に俳人河東碧梧桐、科学者の一戸直蔵、ジャーナリストの長谷川如是閑の3人が、当時としては大冒険であった登山旅行を扱っている。
正津勉さんは自らもその山岳コースを歩き、この詩人ならではの視点で、現代語の文章へと「小説化」している。
特に1968年に94歳で亡くなるまで、膨大な文章を残したジャーナリストで評論家の長谷川如是閑を、一時代の証言者に仕立てているところが如何にも小説的であるといえよう。それに加えて、大町から入って不動岳、野口五郎岳槍ヶ岳などを通っていく山岳コースの描写も魅力にあふれている。


著者が実際に歩いて取材をしているためか、碧梧桐ら3人と7人の人夫を連れた総勢10名のパーティの道行きにも説得力がある。雪をとかした水で炊く泥だらけの御飯や、猟や釣りをして獲物をとりながらの登山の模様など、100年前の登山らしいエピソードが詰まっている。
それでいて、碧梧桐、直蔵、如是閑というそれぞれの分野で近代に名を成す人物が、30代後半から40代前半の悩み多き中年男性として描かれている。3人の主人公が抱えた屈託と、それゆえにこの無謀に近い冒険をしなくてはならなかった理由が、徐々に心にしみこむように感得されてくるのだ。
正津勉さんの飄逸な文体が、散文に新鮮な俳味をもたらしていて、この作者の円熟味を増した文章表現が匂いかぐわしい一冊である。


(本書は著者よりサイン入りで頂いたものなので、客観性を欠く感想であることを最後に付け加えさせて頂く)