シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

全米初の女性シリアルキラー②

johnfante2006-06-13


 『アイリーン「モンスター」と呼ばれた女』は、アメリカ初の女性連続殺人鬼、アイリーン・ウォーノスの素顔に迫ったドキュメンタリームービーである。
 当時のニュース映像や本人へのインタビューを交えながら、彼女のリアルな精神構造を映し出していく。
 10代の頃から売春婦として生き、1990~91年の1年間にフロリダで7人の男性客を射殺した米国の女性連続殺人鬼、アイリーン・ウォーノスの逮捕から死刑までを追った衝撃のドキュメンタリー作品なのだ。

アイリーン・ウォーノスの人生


 ここで、逮捕されたアイリーン・ウォーノスの半生を振り返ってみる。
 彼女は1956年2月29日ミシガン州ロチェスター生まれである。
 15歳の母親ダイアン・ウォーノスは、アイリーンを出産した時には、すでに夫と離婚していた。父親レオ・ピットマンは精神に障害があり、少女に対する猥褻行為で入退所を繰り返している男だった。そして、69年に刑務所内で首を吊って自殺した。


 母親のダイアンがアル中になって育児を放棄した後、アイリーンは兄のキースと一緒に祖父母に預けられたが、祖父は激しい暴力を振るった。アイリーンはベルトのバックルで殴られたことを始め、ライターのオイルをかけられ、火をつけるという虐待を受けたこともあった。
 そして、兄のキースと近親相関関係になった。
 1971年3月には、14歳の若さで男子を出産してもいる。


 出産後、アイリーンは祖父の家を家出した。そして、近くの森のなかに廃材で家を立てて住み、雪の日には近くにとめてあった廃車のなかに寝泊りした。
その後、祖母の病死、高校中退などを経て、ヒッチハイクをしながら売春で生計を立てるようになった。
 74年には、酒に酔って車から銃を乱射して逮捕された。
 76年、アイリーンが20才の時、ヨットクラブを経営する富豪ルイス・フェル(69)とヒッチハイクで知り合い結婚した。しかし、バーで暴力事件を起こすなど粗暴な性格が露見し、4週間で離縁されている。
 77年に、21歳の兄が咽頭ガンで死亡した。アイリーンは1万ドルの保険金を手にした。冬の寒さの厳しいミシガン州を出て、フロリダへと向かった。そして、その地で売春をして暮らすようになった。


 81年の5月には、ボーイフレンドと別れた精神的ショックから、酒に酔ったまま下着姿でコンビニ強盗をする。3年の実刑判決を受け、1年半服役した。84年には、マイアミで偽造小切手を使って逮捕された。


 86年、ティリア・ムーア(24)という女性と知り合い、同性愛関係になる。性と犯罪にまみれながら売春を続けたが、30才をすぎて客が少なくなったため、ティリアと強盗を繰り返すようになった。自動車窃盗、公務執行妨害、偽証、武器の不法所持で逮捕された履歴がある。
 この頃の遍歴におけるエピソードが元になって、リドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』という映画が生まれたといわれている。



 ティリアとの関係は、「男嫌いのレズビアン」という一般的イメージとは違って、精神的信頼関係を基軸とするものだった。アイリーンには信頼を置ける人間が一人としておらず、すさんだ生活を送ってきたためにティリアの存在は非常に大きいものだった。
 この時期の警察の記録によれば、「自分が法を凌ぐ存在であるという誇大妄想が見られる」とされており、反社会性人格障害(APD)が相当進行していたと見られる。

フロリダのドライバー連続殺人事件


 そして、89年から90年にかけての1年をまとめると次のようになる。
 12月にリチャード・マロリー(51)が腐乱死体で発見。
 90年6月には、森の中でデイヴィッド・スピアースが死体となって見つかる。
 6月6日、Charles Carskaddon(40)が9発撃たれた全裸死体で発見。腐敗が進んでいたため、当初は身元の確定ができなかった。
 7月4日、二人は盗難車で事故を起こしたところを複数の人に目撃される。車が動かなくなっていたため、地元の消防士が声をかけると口汚い言葉を吐き捨て歩いて立ち去ったという。ピーター・ジームス(65)の所有する車だった。
 7月30日、ソーセージの配達ドライバー、トロイ(50)が勤務中に失踪、5日後に腐乱死体で発見。頭と心臓を22口径で撃たれていた。
 さらに、9月12日、虐待児童の保護を行う公務員で、元警官のDick Humphreys(56)の死体が発見された。22口径で7発撃たれていた。彼の車は9月の末に別の場所で乗り捨てられていた。
 11月19日、トラック運転手Walter Gino Antonio(60)の死体が発見された。着衣に乱れがあり、22口径で4発撃たれていた。彼の車は5日後に別の場所で乗り捨てられていた。
 合計6件の連続殺人が、約1年の間に行われたことになる。そして、アイリーンは逮捕されずに、翌年の1月の初頭にいたるまで、パブやバーで自由を謳歌していたのだ。
(※毒殺などの女性連続殺人犯は、全米でもアイリーンの前に存在している)

裁判から死刑執行まで


 逮捕後の当初、アイリーンは自白する気はなかったが、ティリアに嫌疑が及ぶと、これをかばうように自白を行った。殺害はすべて正当防衛と主張した。マスコミの取材が殺到、アイリーンはあることないことを織り交ぜつつ自白を続けた。
 法廷で検事に中指をたてたり、陪審を「クズ野郎」と呼んだ。
 ティリア・ムーアは警察に協力するようになり、法廷ではアイリーンと目を合わせなかった。
 当初、物証が弱く状況証拠と本人の自白が柱となっていたため、死刑とはならなかったが、92年、検察の控訴後に死刑判決が出た。
アイリーンはこの頃から「最初から殺して、金品を奪うつもりだった」と供述しはじめた。また「私は連続殺人犯で、機会があればまた殺す。私の中には憎しみがうごめいている」とも証言する。


そして「これ以上、私を生かし、税金を使って裁判を長引かせるのは無意味」とし、州最高裁に上訴する予定の弁護人を解任するよう裁判所に求めた。
 自分の意志とは無関係に裁判を長引かせようとしている弁護人を解任するよう求めた裁判で、フロリダ州高裁は早く処刑して欲しいと望む申し立てを認めた。
弁護人は判断能力が疑わしいと反論したが、州巡回区裁のハチソン判事は、責任能力を認め、上訴棄却を望む意向を州最高裁に申し送ると決定した。
この決定によって死刑執行の期日が早まると判事に言われると、「怖くない。自分が何をやっているのか、十分承知している」と答えた。
 7つの殺人で6つの死刑判決を受け、2002年10月9日午前9時47分に、薬物注射により死刑が執行された。46歳だった。1976年に死刑が復活してから、女性としてはアメリカ全体では10人目、フロリダ州では2人目の死刑執行だった。
 死刑執行前に「神と共に戻ってくる」と最後の言葉を述べたらしい。


 7人の殺人は、いずれも物証が弱く、状況証拠と本人の自白が柱となっていたため、本人が弁護士の指示通りに無実を主張し続ければ、死刑は回避できた可能性が高いが、死刑の早期執行へのアイリーンの意志は強かった。供述によれば、過去にも数回の自殺未遂歴があった。
 彼女が裁判途中で積極的な自白に転じ、死刑を望むようになったのは、唯一信頼していたティリアが裏切ったことが大きな要因となっていたようである。
 専門家によれば、反社会性人格障害の犯人は、自分が絶対的に正しいという自己イメージを持つと同時に、生きるに値しないゴミであるという矛盾したイメージも持っている。すさんだ人生の中で唯一信頼していたティリアに裏切られたことにより、自分の絶対性というイメージがもろくも崩れ去ったということなのであろうか。


 91年には早くも、ティリアとアイリーンの車強盗とその逃避行をモデルにしたといわれる映画『テルマ&ルイーズ』が製作されている。
 強姦されかけている相方を救うために人を殺してしまうのだが、それをきっかけに2人の女性が旅のなかで自己を解放していく姿が、フェミニストたちからも熱烈な支持を受けたらしい。一般には90年代の『俺たちに明日はない』『ゲッタウェイ』だと、傑作ロードムービーとして評価された。
 2003年には、ティアラとアイリーンの恋愛関係を中心に描いた映画『モンスター』が製作されている。アイリーンを演じたシャーリーズ・セロンはこの役で見事オスカーを手にした。

アイリーン・ウォーノスの魅力


 この連続殺人事件の特異性は、次のようにまとめられるだろう。
 温暖湿潤なフロリダの郊外の森や道路脇で、次々と腐乱死体が見つかった不気味さ。被害者がフロリダの住民に典型的な中年から壮年にかけての男性ばかりだったこと。このことは住民たちを恐怖におとしいれた。
 それから逮捕された犯人像。いわゆるホワイト・トラッシュと呼ばれる層の出身だが、アメリカという文明国にこのような人間がいたのかと驚かせる。家庭内暴力、実父の精神病と自殺、近親相姦、低年齢での出産、ホームレス生活、同性愛、強盗事件、連続殺人にいたるまで、ほとんど思いつく限りの病巣を抱えている。


 そして、犯人の動機。アイリーンはパートナーのティアラに精神的に依存しており、彼女への愛情を喪失しないために金銭を稼ぐ役を買って出た。しかし、年齢から売春婦としての稼業が難しくなっていたため、ヒッチハイクをしてから強盗をするという方向に自然に転換した。つまり、殺人は彼女にとって職業上の必要性の延長と見られていたふしがあり、強盗してから殺人に踏み出すまでの心理的規制というものが見られない。
 ただの残忍な殺人者であるのにもかかわらず、彼女の人生が2度も映画化され、死刑執行後の現在も研究書などが出版されていること。アメリカ人に根強く支持されているのは、アイリーンという女性の像に、どこか憎めないアンチ・ヒーロー的な要素があり、彼女の人生に共感を寄せる人々がいるからではないか。


《参考》
Clime Library http://www.crimelibrary.com/notorious_murders/women/wuornos/1.html