シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

渦巻ける烏の群 ①

johnfante2009-05-13

渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)

渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)


右写真は、小豆島にある黒島伝冶の文学碑
「一粒の砂の 千分の一の大きさは世界の 大きさである」

プロレタリア文学


プロレタリア文学には、長い年月の評価に耐えるものと耐えないものとがある。
直截的に政治を主題にしたり、階級闘争的な観点から労働者を主要人物に据えた小説の耐用年数が短いのに対し、黒島伝冶の「農村もの」や農民小説(「電報」「豚群」など)は独特のリアリズムとユーモアを兼ね備えていて今でも読めるものだ。
「渦巻ける烏の群」の入った短編集が岩波文庫にあることからも、読み継がれていることがわかるだろう。


黒島伝治は1919年、23歳のときに早稲田大学の高等予科へ入学したが、徴兵されて衛生兵として入隊し、東部シベリアの陸軍病院に派遣された。
このシベリア出兵はロシアの十月革命に干渉するために行われたもので、1918年から1925年の間に総勢7万3千人の兵力が送り込まれた。
日本はシベリアの反革命勢力と手を結んだが、労働者や農民で組織されたパルチザンの激しい抵抗にあった。

シベリアもの


黒島伝治はシベリアで一年間を過ごし、「隔離室」「雪のシベリア」「橇」「渦巻ける烏の群」などのいわゆる「シベリアもの」の反戦小説を生み出した。
「渦巻ける烏の群」は、雪の広野に駐屯する部隊を描き、権力を振う大隊長の嫉妬のせいで、一中隊が雪の中に全滅する経緯を描いている。


激しい抗議を込めた小説なのだが、さまざまな文学的な興趣に尽きない作品でもある。
たとえば、第二節からシベリアに駐屯する日本兵が自由時間を利用し、現地のロシア女性がいる家へ食料品を土産に足しげく通う様が描かれる。
「家庭の温かさと、情味とに飢え渇して」いるからだが、そこには兵士の恋愛と性欲の入り混じった競争がある。