シネマの舞台裏2

Yu kaneko(批評家・映像作家)のブログ

渦巻ける烏の群 ②

johnfante2009-05-19

渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)

渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)

異文化コミュニケーション


興味深いのは、日本の植民地主義的な政策によって派兵された兵士が、現地の「革命を恐れて、本国から逃げてきた者」や「西伯利亜に土着している者」と片言で意志疎通をはかる話し言葉のありようだ。
「今晩は」(ズラシテ)、「サモワール」「ソペールニク」(競争者)「マイヨール」(少佐)といった、挨拶の言葉や翻訳しづらい名詞が日本兵の会話のなかに入ってくる。


反対に、家族のために食料品をかすめとろうという強かなロシア女性の方も「ヨシナガサン」といった具合に日本語が使っている。
握手をしたことがなかった吉永という日本兵が、握手と同時にするリーザという女性の目の動き、だらりとした手の出し方などで相手の心を読むようになる件がいい。
二つの異文化が出会う場所における、言語外でのコミュニケーションの仕方が生き生きと描出されている。

水の描写


小説の最後、雪のなかで行方不明になった中隊が、春先に雪の解けはじめた矢先に死体となって発見される。
無論、そこに群がる烏の描写には、身勝手に権力を振るう大隊長への怒りが込められている。
だが、それ以上に、ここでは水の描写が活きている。


雪解け、快い音を立てて流れる雨だれ、谷間へ流れる急流、まだ氷が張っている河。
雪の間から死体が露になり、烏に貪りつつかれているのを発見するとき、兵士の靴には水がしみ通ってくる。
この箇所は凄惨な描写であると同時に、鮮烈なイメージを結ぶ「水」の描写に支えられている。